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時をかける熟女

作者: 又八郎

私の得意とするコメディ&パロディSFです



美佐子はつくりたてのゴーヤチャンプルをのせた盆をテーブルに置くと…一人…やにわに笑いだした。


くくくくくく…


わたしったら…何をしてるのかしら…



馬鹿ね…ふふふふ…





今朝…お隣から…もぎたての瑞々しいゴーヤをいただき…

それを見た瞬間…美佐子は料理をしようと思い立った。


ゴーヤチャンプル…


夫の大好物…そして…美佐子も大好きだった。


美佐子はキッチンで…ゴーヤを切り…わたを抜き…刻んで…炒める…


微妙にコリコリして…やや苦いのが…二人の好みだ…


数え切れないほど作っているから…もうお手のものである…


料理をしながら…美佐子の頭の中では…小瓶の瓶ビールから注がれた2つのグラスの…白い泡と小麦色の液体が…浮かんでいた。


美佐子夫婦には…最高の取り合わせ…至福のコラボレーション…だった…




ふんふん…♪♪♪



出来上がったゴーヤチャンプルを盆にのせ…居間に行き…夫に…声をかけようとするまで……美佐子は…すっかり忘れていた…



夫が…いなくなっていたことを…




先月…突然の心筋梗塞で…夫は亡くなっていた…



居間の隅に置かれた…小振りの仏壇が…一転…美佐子を現実に引き戻した…




くくくくく…


また…やっちゃった…


美佐子はひとり苦笑するしかなかった…




仕方ないわね…




ひとり飲むビールは…なんだか味気なく…

自慢のゴーヤチャンプルもちょぴり苦かった…



f:id:matahachirow:20190128095032p:plain



美佐子は…最後のビールをグラスに注ぐと…箸でゴーヤチャンプルをつまんで食べてから…ビールを喉に流し込んだ…


喉を刺激する液体の感触…


にわかに…美佐子は気が薄らいでいく感覚を覚えた…



酔ったのかしら…



顔が妙に火照った…



下半身の感覚がなくなっていくような感じがして…


まるで…体が宙に浮いて…浮いて…






一瞬…美佐子の意識が遠のいた…










次の瞬間…気づくと…美佐子は自分の家のキッチンに立っていた…




あら…どうしたのかしら…?




美佐子は…キョロキョロした。




ついさっきまで…居間でひとりゴーヤチャンプルをつまみながら…ビールを飲んでいたはず…


それに服装もさっきと違う…



今は着なくなった…以前はお気に入りの花柄のエプロン…



そして…目の前のガスレンジでは…フライパンに並べられた餃子が…熱くジュウジュウと音を立てていた…




あら…餃子…




美佐子はひとりごとを言いながら…ガスレンジの火をきった。




餃子は美佐子が好きな料理のひとつだ…


具材から考えて…皮に包んで…最後にものの見事に焼けたときは…専業主婦冥利に尽きたものである…



美佐子は知らぬ間にジュウジュウと焼き上がっていた餃子を…さっと…ひっくり返して…皿に移した…



今日の出来映えは五ツ星ね…




美佐子は餃子の焦げ具合を見て…満足げにつぶやいた。





出来上がった餃子を盆にのせて…美佐子は居間に向かった。




何だか落ち着かなくて変な気分だったが…考えるよりも先に…体と足が動いていた…




あなた…




美佐子は…居間でテレビを見ながらくつろぐ夫の背中に…声をかけた…



美味しそうに焼けたの…




美佐子はテーブルに餃子を置いた。


たれの入った器と箸を…夫の前に並べる…


うまそうだな…



夫が…箸を取りながら…少し上ずった声で言うと…さっそく…一つをたれにつけてから…一気に口に頬張った…




ふわぁ…あちち…あち…ふわわ…あわ…




美佐子は微笑みながら…黙って…夫の仕草を眺めていた。



あら…この人…少し…若いわ…



美佐子は…ふと…なにげに…鏡を覗いてみた…



あら…私も…若い…


鏡の中の自分の顔は…気になるしわが消えていて…一回りほど…若返っているではないか…



それに…たしか…死んだはずの夫も…目の前で若返っていた…




何してる…おまえも食べろよ…



夫が美佐子に声をかけた。




さあ…飲んだ飲んだ…





夫はにこにこしながら…手にしたビールを美佐子のために置かれたグラスに…ついだ。




美味しいぞ…




ええ…




美佐子は…まずグラスのビールを一口飲んでから…餃子に箸を伸ばした。



美味しい…




だろ…




ちょぴり若返っていた夫は…なぜか…上機嫌だった…




美佐子…今夜…部屋に来ないか…




えっ…




思いもよらぬ夫の言葉に…美佐子は返事につまった…




黙ったまま…それでも…否定ではない空気をただよわせながら…グラスのビールをあおった。





そうだ…思い出した…


この日が…たしか私たち夫婦の最後の夜…❤…になるんだ…



美佐子は…テレビを見て笑う夫の横顔を眺めながら…口には出さないでそう思った。




なら…もう少し飲んじゃおうかしら…





美佐子は黙ってそう思うと…

グラスに残ったビールを一気に飲み干した…





ふう…





胃の辺りが熱くなり…その刺激が顔の方まで上ってきて…

急に…目が回るような感じに襲われた…





いけない…





美佐子は気が遠くなった…




あ……まただ…





目が回りだし…体の平衡感覚が支離滅裂になってきた…



無重力状態…?




いやだっ…



体がふわふわと浮いて…逆さまになってしまった…




しだいに意識が薄らいでいく…











はっ…と気づくと…またもや…美佐子は違う場所にいた…


どこかしら…?


やはり…前と同じように…台所のようだった…


しかし…狭くて…コンロも古めかしい…



これは…




美佐子はしばらくして…思い出した。




結婚して…最初に暮らしはじめた…アパート…




もう40年以上前の話だった。




懐かしい…


あら…何かしら…




美佐子は調理台に置かれたボールに気がついた…



そこには…あとは揚げるばかりの唐揚げが…粉をまぶされて…入っていた。




コンロでは油の入った中華鍋がスタンバイしていた。





美佐子の脳裏に…当時のことがよみがえってきた。




そういえば…あの頃の得意料理ね…



昔を思い出して…美佐子は…くすりと笑った。




新婚当時は毎日のように唐揚げばかり揚げていたっけ…




やがてその腕前は…


唐揚げを揚げさせたら…町内でも上に出る者はない…



それは…上じゃなくて…右だ…美佐子…



そう言って…夫に笑われてしまったことを…なぜか…美佐子は急に思い出した。



くくく…



美佐子はひとり含み笑いをした。



それから…古いガスコンロの火をつけて…中華鍋の油が熱くなるのを待ちながら…ボールに入った唐揚げを…箸で少しこねた…



あの頃と同じボールと中華鍋…だった。



美佐子は油が適温になったのを見定めて…唐揚げを投入していく…




揚げたての唐揚げは…皿に盛った千切りキャベツの海に並べて…



あとは…ビール…ビール…




美佐子…早くおいで…


乾杯…乾杯…



のれんを隔てて…隣の居間から…痺れを切らした夫が…せかす…




美佐子は…山のように盛った唐揚げの皿とビールをお盆にのせて…居間に入った…


世界一の唐揚げ…おまたせ…


美佐子はそう言って…盆をテーブルに置いた…




いつから町内一から世界一になったんだ…



夫がからかうように…言った。



唐揚げを作らせたら…世界でわたしの上に出る者はない…!



だから…美佐子…上じゃなくて…右…



夫が…笑いころげた…




まあ…若い…


美佐子はあらためて…笑う夫を見て…そう思った…



なら…


美佐子は…恐る恐る…居間のすみに置かれた鏡台を覗きこんだ…



そこには…ちょっと不思議そうな表情をした…まだ20代の美佐子がうつっていた…




あどけない自分の姿を…美佐子はなんだか恥ずかしく感じながら…



自分は…過去へ過去へとタイムスリップしているんだ…ということを…美佐子は確信した。




何をしてるんだ美佐子…早く来いよ…




夫が美佐子のエプロンを引っ張った…




わっ…だめだめ…




夫に抱き寄せられそうになるのを…思わず逃げながら…


向かい側に座った…



20代の若い夫の姿が…美佐子には照れ臭かった…


こんなに格好よかったかしら…


目を合わせるのさえはばかりながら…美佐子は…乾杯をしたグラスを口に運んだ。




さっきの確信が再び…脳裏に巡ってきた…



料理を食べて…ビールを飲むと…タイムスリップできる…




時をかける少女は…たしか…ラベンダーの香りだったわね…


ビールとツマミのわたしは…さしずめ…


時をかける熟女…



自分でそう思いながら…ぷっと美佐子は吹きそうになった…




もし…もう一度…跳べるなら…


タイムリープできるなら…



わたしは行きたい…



あの時の…台所に…



行…っ…て…み…た…い…










突然…前の時と同じように…めまいが襲ってきた…



前に座った夫の姿が…ぐるぐると回りだす…



平衡感覚が失せて…体が宙に浮いた感じになった…




きっと…行ける…!



薄らいでいく意識の隅で…美佐子は強くそう思い込んだ…








ふと…


気が…ついた…



美佐子は…ぼんやりとした頭で…まわりを見渡した…




意識が戻ってくる…




着いたのかしら…





目に写るのは…


青いタイル貼りの流し台…


木製の食器棚…




見覚えのある懐かしい台所だった…





やった…!




お母さんの台所だ…




子供の姿に還った美佐子は心の中で…喝采をあげた…




目の前には


頼りがいのある母親の後ろ姿が見える…




美佐子は怒涛のようによみがえってくる思い出に…早や…涙が込み上げてきた…





流し台に向かう母親の背中に…7才の美佐子は…声にならない声をかけた…




お…か…あ…さ…ん…




それが聞こえたのか聞こえてないのか…



美佐子…



と…母親が優しい声で話しかけてきた…




こんな声をしていたんだ…



そう思うと…美佐子は…胸が熱くなった…



なあに…



美佐子はそう言って…母親のエプロンを引っ張った。



美佐子の手は…小さくて…あの時の…7才の可愛い手だった。




母親が…何を言うかは…美佐子には…もう分かっていた…


それどころか…忘れようにも忘れられない…美佐子には大切な宝物のようなものだった…



母親が振り返る…



濡れた手をエプロンで拭きながら…美佐子の前にしゃがみ…



美佐子の頬を両手で包んでくれた…



ひまわりのような笑顔で…美佐子を見つめながら…




今日は…美佐子の大好きなポテトサラダのサンドイッチよ…




母親は…本当に嬉しそうな笑顔で…微笑みながら…ぎゅっと美佐子を抱き締めた…




美佐子にはすべての思い出がよみがえってきて…もう…涙をこらえることができなかった…




母親が次に何を言うかも…




美佐子…お母さんはお仕事に行くから…6時になったらサンドイッチを食べなさいね…


サンドイッチは茶箪笥に入れておくからね…


お行儀よくしてるのよ…




母親は…これが最後の別れとも知らず…いとおしそうに…美佐子の髪を手ですくった…




お母さん…



美佐子は…泣き出しそうになるのを懸命にこらえながら…かろうじて…小声で言った。




なあに…





お仕事に行っちゃダメ…


美佐子は喉まで出かかったその言葉を…ぐっと飲み込んだ…




お母さんを困らせたくない…


7才に戻った美佐子は…子供心にそんなことを思った…


それに…きっと運命は変えられないわ…


少し残っている大人の美佐子の部分も…仕方ないというように…そう…思った…


運命は…変えちゃだめなんだ…





ちょっとためらいがちに美佐子から離れた母親は…エプロンを外すと…


鏡台に向かって…軽く…化粧をととのえてから…

そそくさと玄関に向かった…



あら…どうしたの…美佐子…




母親は…涙ぐみながら玄関の前に突っ立っている美佐子を見て…驚いたように…声をかけた…




どうしたの…?




声をころしてすすり泣く美佐子に…母親は心配そうに言った…




ダ…イ…ジ…ョ…ウ…ブ…




美佐子は…懸命に…首を横に振った…



そして…大泣きしたいのをじっとこらえながら…消え入るような声を…絞り出した…




イッテ…ラッシャイ…オカアサン…




アエテ…シアワセ デシタ …サヨウナラ…




あの頃の美佐子は…この日…母が還らぬ人となるのも知らず…


大好物のポテトサラダサンドイッチを頬張っていたのだ…



あれ以来…ポテトサラダサンドイッチは一度も食べていない…


食べられなかった…




7才に戻った美佐子は…一人で…母とふたり暮らしの狭い居間に入った…



手には母が作ってくれたポテトサラダサンドイッチ…


あの頃の…そして…今も…美佐子にはこれ以上はない…贅沢なご馳走だった…




お母さん…




さっき会えた母の笑顔を…思い描きながら…美佐子は…言った…




いただきます…



いただき…




いた…






気がつくと…美佐子は居間のテーブルにうつ伏していた…




目の前には…飲みさしのグラスと…ゴーヤチャンプル…




我にかえると…美佐子は…大きく伸びをした…




また…ひとりに…なっちゃった…





美佐子はちょっと自棄に…ちょっと明るく…つぶやいた…




くくくっ…



わたしって…時をかける…熟女…




美佐子は…涙を…拭った…





続編を目指しています

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