絶対に終電で帰りたい僕 vs. 絶対に帰りたくない君
「ねえ、こんな時間に帰るの?おかしいよ」
「電車無くなっちゃうからね」
「いやそうじゃなくてさ、今日土曜日だよ? 帰らないでしょ!」
終電が早くなった。
引っ越して在来線沿いでなくなったら途端に。
「いやさあ、眠いわけじゃなくて・・・ほら、さっきバーでも言ったじゃん」
「覚えてるよ。だから尚更おかしいんだよ!
『オナニーがしたいから帰る』なんてさ!」
いやー僕真剣なんだよ本当に。
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そこは初めて入る店だった。
僕。
ヒゲの似合うママ。
直後に入ってきた華奢な青年。大学生だったか。
三人でテーブルを囲み飲んでいた。
隣のテーブルでは泥酔したゲイたちが昭和のアイドル曲をかわるがわる歌っている。
「二丁目ですか?まあたまに来ますね」
「アンタみたいなジャニ系はモテないでしょ」
僕とママの会話が続く。
青年はほとんど喋らない。
「あの、悩みがあるんで相談乗って欲しいんですけど」
今日は相談に乗ってもらうためにバーに出向いたのだった。
「何かしら?」
「あの・・・」
笑われるかもしれないけど僕にとっては大問題なのだった。
「その・・・オナニーが気持ち良すぎて、欲望が外に向かないんです・・・」
僕は目の前の二人の目を見ては言えなかった。
下を向きながらなんとか声を絞り出した。
「要はセックスをしたいと思えないと言うことね?」
ようやく顔を上げる。ゲイはニコニコしていたが、青年の笑顔は引きつっていた。
隣のテーブルのゲイたちは洋楽を歌い始めた。
「それ、アンタ歳よ」
僕の悩みは一蹴されたのだった。
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「そりゃそうだよ。僕だって全然共感できなかったよ」と青年。なぜかここではよく喋る。
「君、そんなキャラだったっけ?」
バーでは全然喋らない。
お通しにも手付けない。
酒も飲まない。「酒アレルギーだから」って。
だからいま君は素面。僕はそこそこ酔ってる。
君こそ終電で帰るキャラでしょ。
「ここまで着いてきたら帰るの面倒じゃない?」
僕が帰るって言ったら、なぜか一緒に出てきたけど。
真横には丸ノ内線新宿三丁目駅。既に終電はない。
電車に乗るには新宿駅までさらに歩く必要がある。
「だってさー・・・ねーマジで帰っちゃうの? この流れで? おかしいよほんとに」
おかしい。
本当におかしいと思う。
というか自分が怖い。
目の前の彼は、顔も可愛い。
雰囲気も合いそうだった。
だけど僕は、そんな状況においても、家に置いてあるサムシングで頭がいっぱいになってしまっている。
最近のアダルトグッズやエロコンテンツは本当にすごい。
家は濃淡様々のローションやBL漫画で溢れている。
アナルビーズを一個一個引っこ抜く感触。
その光景がフラッシュバックしていく。
生身の子が目の前にいるのになあ。
生身の子と体を交わす喜びが、オナニーに勝てない。
恐ろしい。
そして今、日本のどこかでも同じ光景がきっと繰り広げられているのだろう。
これってまさに。
「人類の危機だ」
青年はいい加減呆れた顔で言う。
「だからさ! もうさ、わかんないかな!? 繁殖しようって言ってんの! 言わせないでよ!」
星の見えない夜。明るすぎるこの街。
同性でいくら種付けしても人類の危機は解消されないんだけど、それに気付くのはこの2時間10分後の話。