93話「えんでぃんぐ あんえくすぷろーるど」
あれから三週間が経った。
「それにしても、人間ってすごいと思うのだ」
窓際から街並みを覗いていたシアンが、しみじみとそう言うのを聞いてアトは微妙な顔になった。
「シアンが言うとなんだか違う風に聞こえてくるんだけど……」
シアンの言いたいことはよくわかる。
中央都市が大打撃を被ってから三週間。それだけの期間で中央都市は大部分の機能を取り戻していたのだ。
街中はいまだ壊れた建物が見受けられる。だが、商人たちは逞しく露店を開き、冒険者ギルドや魔術師ギルドは青空の元クエストを発注したりしている。
冒険者の仕事はと言えば、減るどころか増えていく一方だ。街周辺のモンスター駆除はもとより、信頼できる冒険者を斡旋しての護衛。街を往復する商人たちに付きそう人材など、いまや稼ぎ時といったところだ。
商人たちにしても、今は建物を建て直すための木材や家具といったそれなりに値が張る物が売れるので、喜び勇んで駆けつけている。職人たちも同じだ。
そんな様子で、今中央都市は特別需要に沸いた都市となっているのだ。
頭と懐が痛いのは復興支援をしちている行政区だろうけれど、それはアトにとって知ったことではない。
その中で、アトは細々と冒険者業務をこなして生計を立てていた。
あの“凶神”を屠った栄誉を、彼女は手にしなかったのだ。
「もったいないと思うけど、それがアトの決めたことならボクは口を出さないよ」
「ありがと、シアン」
そう言うとシアンは窓際から離れた。その動きはぎこちない。よたよたと言った動きで、大き目の杖を突いている。これがないとシアンは歩けないのだ。遠出はゴーレムに乗るとして、ちょっとした段差でもうまく動けなくなってしまっていた。戦闘の後遺症だ。
ゴーレムの一種であったシアンは、体が分かたれても死ぬ事はなかった。だが、破損したパーツはそうはいかない。魔力が回復次第、機能回復を図ったシアンだったが、壊れたパーツはうまく代用できず、人間の形はとれたが歩けなくなっていたのだ。
アトとシアンが取っている宿の扉が開いた。軽いベルの音と共に、褐色の麗人が入ってくる。ネフェルだ。一瞬で宿中の注目を集めたが、全く気にした様子はない。アトの姿を認めると、つかつかと歩み寄ってくる。
「そら。例の依頼の報酬だ。アンセスが嘆いておったぞ。顔を出さぬと言ってな」
「ううう。だって、顔出しにくいし……」
「馬鹿者。いつまでも逃げおおせると思うなよ? エンキなど捕まえると息巻いておったぞ」
「はいぃ……」
アトが情けない声を出しながら、ネフェルから硬化のつまった袋を受け取る。
アトは“凶神”を倒してしまったが故に、冒険者ギルドに立ち入ることができなくなってしまったのだ。いや、実際は立ち入ることはできるのだが、その途端に取り囲まれて捕まってしまうのだ。向こうは褒め讃えるつもりでやっているのだろうが、コワイ笑顔で大勢に詰め寄られると圧力をものすごく感じる。
しょうがなくネフェルを代理人として冒険者ギルドの依頼を受注する始末。ネフェルにため息を吐かれるといったものだ。
だが、硬化を数えていたアトは、にんまりとその顔をほころばせた。ネフェルが不思議そうな顔になる。
「どうした。ついに頭までおかしくなったか?」
「ネフェルはたまに率直にキツいときがあるよね。そうじゃなくて、ようやく目標額にたまったの!」
「ほう?」
疑問符を浮かべるネフェルを無視して、アトはシアンに駆け寄った。その両手を取ると、ぶんぶんと振り回す。
「シアン、”マショネイト王国”に行こう!」
「はぁ!?」
「この周辺じゃシアンの体を直す部品は集まらないんでしょ? 知ってるんだからね、商人が流れ込むたびに露店を見回ってるの」
「ううん。まあ、それはそうなんだけれどね。それにしても、毎度思い切りがいいというか、なんというか」
「“凶神”退治の時は、シアンに助けてもらった。何度も」
ネフェルの契約。“凶神”へとトドメへと至る道。“頭獣”も倒してくれたのはシアンだったはず。
ここにアトが生き残るためには、シアンは必要不可欠なファクターだった。
それを助けるのに何の悩みがあろうか。
「キミはまったく……」
シアンはしばらく呆れた顔をしていたが、やがてぷっと噴き出した。
何か大きなものを吹っ切れた顔を。
「いいだろうさ。そこまでボクのことを考えてくれるというなら、マショネイトに行くとしようじゃないか!」
「うんっ!」
イエーイ、とハイタッチをするアトとシアン。その手を強く、ぐぅっとシアンが掴んだ。
「本当に嬉しいよ。ボクの部品は手に入れるのはかなり難しくてね。手伝ってくれるんだよね」
「うんうん」
「レアリティが高すぎて王宮に配備されているゴーレム級の部品だけど、手伝ってくれるというわけだ」
「うん……?」
「さらにはボクは以前王宮を爆破して逃げ出したことがあってね! たぶん指名手配になってるけれど、気前のいいことだね! 嬉しいよ!!」
「あれぇ……?」
思ったのと違う。そんな言葉がアトの脳裏に閃き、なんだか選択を失敗したような冷や汗が背中に流れる。
嬉しそうに用意をしに向かうシアンの後ろ姿を見送る。そのアトの肩にネフェルの手が同情のオーラを出しながら置かれた。
「いいの。何も言わないで」
シアンを待ちながら、アトは宿屋の酒場スペースにある椅子に座っていた。テーブルの上のグラスが鈍い光を反射する。それを何となしに見ながら、アトは気持ちを整理する。
同じテーブルに着いているネフェルは、腕を組んで両目を閉じている。眠っているのではない、半覚醒状態で周囲を警戒しているらしいが、どんどん王様からズレた技能を習得している気がするのはアトだけだろうか。
冒険者ギルドに顔を出せなくなったのは、“凶神”を倒したからという理由だけではなかった。
シアンの体や、中央都市の街並みだけでなく、色んなものを犠牲にしたのだ。
『本当にマショネイト王国にいくのかしら? あの娘のために?』
頭の中で艶やかな女性の声が響いた。聞き覚えがあって当然だ。
「行く。そこは曲げないわ。――――アディリン」
アトは小声で応えた。誰にも聞こえぬ声で。
『あら。お熱いことね。羨ましいわ。でも、厄介事になるというのはわかっているのでしょう?』
「ええ」
『ならば、早めに対策は講じておきなさい。少しは手伝ってあげるから』
それきり、アディリンの声は遠ざかる。
“凶神”を倒すため、アトは自分の持つ技能を限界まで引き上げた。その結果、自分という垣根が揺らごうとも、だ。
アト自信、自分の中にいるたくさんの人々の存在を知覚した。その結果が、これだ。
いろんな人の声が、脳内で聞こえるのだ。
アディリンなどまだ対話できるのでマシなほうだ。狂ったように同じフレーズを繰り返す人格や、もはや獣のように変遷してしまった人格も存在する。
それらを、自覚してしまっているのだ。先はそう長くないのかもしれない。
「死にたくないから、折り合いはつけるようにがんばるけどね……」
ぐぅっとアトは背伸びをした。
幸いまだ体は動く。ご飯も美味しく食べられる。今のアトが、これまでのアトかは分からないが、やれるだけやるのは、誰しも同じではないだろうか。
ウシュタの翼。ヒトの魂や、技術を次の世代へと伝えるための翼となれるかどうかはわからない。
だけど、まだまだアトは歩いていくのだ。
ゆっくりと杖を突きながら、シアンがやってくるのが見えた。
アトは笑顔で彼女に大きく手を振った。
<あとがき>
ここまで本当にありがとうございました。
92日の連続更新。辛い時もありましたが、PVを元気の糧に更新し続けてきました。
まだまだ途中の感じ、投げっぱなしのものが多くありますが、ここにて一度完結とさせていただきます。
そもそも初めのコンセプトは「よくある無双系小説を書こう」というのがスタートでした。どんどんすごいスキルを得ていき、ガンガンダンジョンをクリアしていくアッパー系の予定が、なにがどう間違えたかダークファンタジーみたいなドロドロしたお話になっていき、うみの自身「あれぇ~?」といった状態でした。
このタイトルにはプロットを造らずに書こう、といった試みもしており、いつも迷走している上に作った謎を放置する作りにはそういう裏があったわけです。
最初のコンセプトとのズレが大きいので、ちょうど一区切りついたここで完結といたしました。
次はもうちょっとプロットを練った作品を提供していきたいと思います。練習作としてはいろいろ失敗しつつ、いろいろ得た作品でした。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。




