92話「おぶじぇくてぃぶ おーとまーた」
アトは力一杯シアンを抱きしめた。半分になった体は軽く感じられる。シアンの体はまだ温かい。死ぬなんて信じられない。
「アト……。苦しい……」
シアンが弱々しく呟いた。手を挙げてアトの頬に触れる。アトは胸が詰まる。さらに抱きしめる腕に力を入れた。
「だから、苦しいって言ってるだろう!」
アトに頭にガツンと重い衝撃が走った。不意を突く一撃にアトの脳みそが揺れた。しかも何か硬い物で一撃されたらしく、たんこぶが出来る。
「ううううう」
思わずうめき声が漏れた。抱えていたシアンの体が落ちる。それと同時に、ぐえ、という思ったより元気な声がシアンから聞こえてきた。
「…………シアン?」
そこでようやくアトは違和感に気付いた。血の匂いがしないのだ。そこかしこにゴーレムの部品がばら撒かれているが、血や臓物といったものはここには無い。
見れば、倒れているシアンの下半身。その切り口からは歯車やよくわからない金属の部品が覗いていた。一瞬アトの思考が止まる。
「アト、手を貸してくれないかい。この状態ではうまく動けないからね」
どれくらい固まっていたのだろう。困ったようなシアンの声で、アトは再起動することができた。首を捻りながら、今度は優しくシアンを抱え上げる。
上半身だけのシアンは軽かった。こちらの傷口からも、血と臓物の代わりに鉄の部品が零れ落ちる。
そんなアトの顔色を見て、シアンが驚いた表情になった。
「ん? アト。キミ、もしかして知らなかったのかい?」
「知らなかったって、何が!?」
「ボクのこの体の事だよ」
周囲はいまだ歓声に沸きたっていた。この姿のシアンを多くの人に見られるのは避けた方がいい。そう考えて一目を避けるように運んでいく。持ち上げた上半身の感触は生身のよう。それがアトの混乱を助長する。
視線を上げてみると街のあちこちから煙が上がっているのが見えた。どれだけの命が失われて、どれだけの建物が壊されたのだろう。
アディリンの襲撃から考えると、中央都市はボロボロだ。復興にどれだけかかるかわかったものではない。すでに何人かの冒険者や街の者がそのために動いているような声が聞こえる。
アトはシアンを抱えたまま、近くの民家に入り込んだ。戦闘の余波を受けたのか屋根がふきとばされ、扉もその用を為していない。そっと押すと開くというより崩れた。
アトはその辺の瓦礫を除けて空間を作ると、そっとシアンを横たえた。
「ここまで壊れたのは久しぶりだよ」
「いや、私はまだ混乱してる。その状態でどうして生きてるの?」
木人種や鬼牙種といった生命力の強い種族がいるのは知識として知っているが、それらとて上半身と下半身が分かたれて生きていることはない。むしろそれはあの“凶神”と同じ領域だ。
「<過去視>を持っているからには、とっくにボクの過去を視ているものと思ったけれど」
シアンはにやりと笑った。
「どうやらボクが思う以上に礼儀正しい人物だったようだね、キミは」
<過去視>があるなら、相手のことを調べているはずだ。確かにシアンの考え方は正しい。そこに人格の混在という可能性がないのなら。アトにとって、相手を直接視ることはできるかぎり避けたいことなのだとシアンは知らなかったのだろう。相手の持ち物からその人のことを知るのには限界があるだろうし。
それゆえの、すれ違いだ。
「見て分かると思うけれど、ボク自身も“機巧兵”なんだよ」
「…………は?」
「信じられないかね? では、どうやってボクは創造したゴーレムを操作しているんだい?」
言われてみれば、思い当たる節はいくつかあった。
遠距離にいるゴーレムを的確に操作する。アトもイドラにお願いをしたり指示を出したりすることはあるが、基本的に考えて動くのはイドラだ。
そして、どんな迷宮に挑むにも同じ服装。軽装とも言えるようなその装備。彼女なりのポリシーだと思っていたのだが、違ったのだ。
それに、ゴーレムを身に纏う<機巧兵創造・零号>。いくら強力なゴーレムを装備したところで、中に入っているのが生身なら、あの膂力や速度に体がついていかないのだ。
「じゃあ、<ギノスッス牧場>の時は!? 腕が!」
「あまり人間じゃないと気付かれるといいことはないからね。彼の回復魔術に合わせて補修しただけのことさ」
そう言うとシアンは疲れたように息をついた。
「さっきの一幕で限界まで魔力を使ったからね。自分を補修する<機巧兵創造>を使えるようになるまでここで休んでいるよ。キミは……」
建物の外から誰かを探す声がする。耳をすませてみると、どうやらアトを探しているらしい。
上半身しかないシアンを抱えて出ることはできない。シアンがアトに行くよう手ぶりで示した。
「戻ってきたらいろいろ聞かせてもらうから。いろいろ!」
アトの言葉に、シアンが快活に笑った。
「いいだろう。久しぶりに思い出話をキミにしてあげようじゃないか」
シアンに見送られながら、アトは声のする方へと向かって行った。




