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91話「でぃばいん すまいと」

 嫌な予感はしていたのだ。体を包む悪寒と、背中の皮の裏にへばりつくような焦燥感。

 身の内から臓腑を押さえつけるような感覚がずっとアトを悩ましていた。


 シアンの助けによって道が拓けたのだ。迷うことは無い。アトは後ろ髪を引く気持ちを振り切った。


「ああああああああああッ!!!」


 宝石剣(ジェベル)を振る。飛燕のような軌跡を描き、“凶神”の心臓に突き立つ。そのまま流れるように上へ。肩口から抜ける。


「いいじゃないか! アトっ!」


 シアンの楽しそうな声が聞こえた。その勢いでぐんと弐号が力を増した。ここでエネルギーを使い果たしてもいいくらいの勢いで、巨剣を押し込み始める。その膂力は凄まじく、“凶神”の足元が押し付けられるあまりの重量に陥没するほどだ。

 アトはその期を逃さない。体全体を回すような一撃。右からの回転斬撃が再び“凶神”の体へ潜り込む。ぶちぶちと何かを千切る感触が確かに伝わってくる。肉体的な血管や筋肉ではない。この世に存在するための楔。そういったものを引きちぎっている感触だ。

 アトは思いっきり宝石剣(ジェベル)を引きつけるようにして抜く。そのままの溜めを活かして、刺突。

 一体どうすればそんなことが可能なのか。“凶神”が体をずらすようにして回避を試みていた。スローモーションになった知覚の中で、アトは何とか突き刺す軌道を修正する。


「届けええええッ!」


 三度目の拒絶が、“凶神”に撃ち込まれる。

 “凶神”の体が震える。もし頭があれば苦痛に吠えていたのだろう。汗がにじむ。自分の体の動きがいやに遅く感じられる。


 早く。早く。じゃないと。


 びしり、と聞こえるはずのない音が聞こえた。いままで押し付けていた巨剣が限界を超えたために、砕け散っていく。

 “凶神”が両足に脚杭を突き刺したまま、無理矢理動く。でたらめな膂力は蜘蛛型ゴーレムの脚を砕いた。もはや意に介さない。腕が霞むほどの一撃が繰り出された。短槍の一撃。まさに地上を這う雷撃。

 命中した瞬間、弐号の胴体が内部から膨らむようにして爆散した。

 さらにはゼロ呼吸の間に、“凶神”の剣が振るわれる。蜘蛛型ゴーレムの胴体が真っ二つに割れた。危うく上に乗っていたシアンまで斬れるところだった。シアンの顔が引きつる。


「あと一撃……なのに……ッ!?」


 もはや“凶神”も死にもの狂いだ。

 その意識の波がアトに向く。


「倒されてからが本番だろうに! 侮ったな!」


 卵のように割れた蜘蛛型ゴーレムの球体ボディ。その内部から信じられないものが覗いていた。“凶神”から分離した“頭獣”の素材と、腕を切り落とした時に取り落としたやつの武器。

 シアンが吼えた。


「纏え! <零号>!」


 シアンから発した魔力が一気に形を創る。砕かれた弐号の破片。断ち割られた蜘蛛型ゴーレムの部品。“頭獣”の素材。そして、“凶神”と共に顕現した神の武器。それらが鎧のようにシアンを包み込む。

 神自身の素材を使った武装だけに、その刃はその身に届く。


 落下しながら、シアンは攻撃を放った。


 それより速く。

 “凶神”は技を振るう。まるで鋏のように短槍と剣を交差させ、シアンの胴体を一気に断ち割った。



「――――――~~~~ッ!?」


 時間が止まった。

 声など出ようはずがない。


 だが、頭の片隅の冷静な部分が、今しか好機がないことを叫んでいる。

 頭が働かないまま、体だけが剣の理に突き動かされて動く。


 シアンの上半身と下半身が別々に落ちようとしていた。上半身だけでも、まだ意識があるらしい。離れつつある両の武器をシアンが掴む。


 完全な隙だった。宝石剣(ジェベル)の切っ先が下から上へ。肋骨を砕きながら刃が潜り込む。



 ―――届いた。



 ここにいるべき存在ではないのだ。拒絶の意思を込めて、世界との繋がりを断ち切る。


 もはや“凶神”は限界だった。すでに指先ひとつで世界に居残っていた状態だったのだ。最後の一撃を受けて、その体が爆散する。その後はまるで迷宮(ダンジョン)の時と同じように塵へと還っていく。


「――――っう!?」


 どさっと重い音を立ててアトの体が落ちた。光りの爆散は多少の圧を伴っていた。吹き飛ばされた体が地面を打つ。


 静寂が一帯を包んでいた。

 誰もが信じられない気持ちでその様子を見ていた。

 だが、”なりそこない”が一つ、また一つと塵へと還っていくのを見て、とうとう信じるに至る。“凶神”を、倒したのだ。


 始めはざわめきのような声が、しだいに熱狂的な叫び声に変わっていく。

 冒険者達が勝鬨の声を上げた。近くにいる者同士が抱き合い、肩を叩きあう。その顔は喜びに満ちていた。


 アトの手の中で、いつのまにか宝石剣(ジェベル)が冒険者ライセンスへと戻っていた。力を使い果たしたイドラも、ネフェルも、ライセンスの内へと帰還していく。

 そのどれもアトは気にしていなかった。

 息を詰めながら走る。


 まるで、冗談のようだった。シアンの体は上半身しかない。

 軽いその体を抱き起こす。


「シアンっ! シアン……ッ!! ああ……!? ああああッ!!」


 その顔はただ眠っているように見えた。

 うっすらと、シアンがその瞼を開ける。弱々しい視線が、アトを見た。

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