90話「こーぷ みっしょん」
剣戟の音が響く。シアンが“頭獣”を倒す少し前から、アトは“凶神”との戦闘を再開していた。
危なげなく切り結びながら、アトはやり辛さを感じていた。
“凶神”の頭が無いことで、どこを狙っているのか、どう動くのかがいまいちよく分からない。当たった攻撃も効いているのかいないのか。攻撃が命中したと安心した瞬間に、苦痛も震えも無く動き続かれてしまっては不安にもなろう。
そして、少しずつ上達する剣の腕だ。いや、剣の腕だけでない。神の肉はアトの想像を上回る成長速度を見せていた。最初に薫陶を受けた攻撃の数々。今やそこから自分なりに成長を重ねているのだ。もはや進化だ。
振った剣が“凶神”を捉えそこねる。舞踏のような動きで打ち合っていただけに、不意を突かれて一瞬反応が遅れた。“凶神”が返す刀で振るう一閃がまるで光線のようにアトに迫った。
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なんのことはない。これしきの攻撃、避けるのは容易い。
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アトの体を、何かが通り過ぎて行った。物理的な衝撃は無く、体内を透過して通り過ぎて行く。
いくつもの飲み物をいっしょくたに飲んだ感覚に近いだろうか。
アトの内より発したこれらは、アトの身体能力と技能を引き上げていく。成長する“凶神”に離されまいと、忌避していた全てを受け入れて力を求めていく。
「だけどこれじゃ……間に合わない……!」
アトは周囲の状況を把握しようと宝石剣の切っ先を向けたまま、バックステップで距離を取る。“凶神”は追ってこない。まるで感知範囲に入った敵だけを叩くモンスターのようだ。
アトは訝し気な顔をしたままネフェルのところまで退く。
「ネフェル、“凶神”が追撃してこないうちに手を借りたいんだけど?」
「余にできることは受けよう。だが、時間をかけぬほうがよいぞ? あれは追撃しないのではない、失くした手や頭を生やそうとしておるだけだ」
「うぇッ!? じゃあネフェルも一緒にあれを攻撃して欲しい。今のままじゃ手が足りない。もう少しすると私の手には負えなくなりそう」
アトは苦い顔でネフェルに頼んだ。まだアトの方がぎりぎり“凶神”を上回っており、今すぐにやられるということはない。だが、それもいつまでもつことか。
あの“凶神”に届く牙をもつイドラも、いまだ増え続ける“なりそこない”を駆除し続けている。なんだかやつらが増えるペースも上がっているような気がする。
ネフェルは眉根を寄せ、少し困った顔になった。
「今の余はそれほどの力を持っておらぬ。さらには余は今も<対神問答>の術を安定させておるところだ。この身に何かあれば“凶神”は異相の狭間へと戻る」
「じゃあ……、どうしろって」
アトは言葉を途中で切った。“凶神”の失った腕の切り口から、触手のようなものが生えるのが見えたからだ。喋る間も惜しんで、暴風のように踏み込んだ。抜き打ちで生えかけた触手を断ち切る。
落ちた触手はどろりと液体になって落ちる。再び警戒状態になった“凶神”。こうなれば回復する余力を与えぬように攻め続けるしかない。
そう考えつつ、アトは歯噛みする。今の動きは見せなくなかった。同じように踏み込んでも次は当たるまい。
数発打ち合って痺れる手を抱えたアトは、覚悟を決めた。
犠牲を払わねば道は拓けない。こちらも腕の一本や二本失うことは覚悟しなければならない。
ぐっ、と唇を噛みしめた。表情を引き締める。
「まったく、本当にキミは馬鹿だ。そういう時は助けてほしいと声を上げるんだよ!」
その声はアトの全身を打つ。シアンの声だ。目が思わず彼女を探す。
直後に地響きが連続して起こる。ちらりと見ればごてごてとものすごい数の武器を取りつけたゴーレムの弐号が突進を敢行するところだった。重い足音を立てながら“凶神”に一撃を加えんと、暴力の塊のような巨剣を叩きつける。
頭上から破砕音が聞こえた。建物の屋根を壊すほどの威力を持って、蜘蛛型のゴーレムが跳躍していた。落下しながら四つの脚を振りかぶり、“凶神”を刺し貫かんとする。
大質量の攻撃を避ければ蜘蛛型ゴーレムの脚が刺さる。これまでのアトの攻撃には無い重撃だ。その対処に一瞬遅れた“凶神”は巨剣を受け止めることを選んだ。両腕の武器を頭上に構え、まるで落雷のような一閃を受けた。
「ああ! もう!」
ゴーレムの精密制御のためにか、シアンは蜘蛛型ゴーレムの背中に乗っていた。着地の衝撃に耐えるのが見える。深々とゴーレムの尖った脚の先端が、“凶神”の足を地面に縫い付けた。
アトは悪態を叫びながら疾駆した。もうこうなったらこのチャンスを活かすしかない。狙うは敵の心臓部。拒絶の意思を込めながら四撃入れれば崩壊する。
アトは宝石剣を振りかぶった。




