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86話「べせるす おぶ ごっど」

 アトは一瞬ネフェルが何を言っているのかが分からなかった。

 もはやアトの技量では追いつけない領域まで来ていると思う。それをどう手を出せというのだろうか。

 そもそも武器も何もない状態でどうしろというのだ。そんな気持ちを込めてネフェルに目線を送る。


「私が手が出せる状況じゃないと思うんだけど?」


「んん? どういうことだ?」


「今攻撃している人たちはトップクラスの冒険者の人たちで、私より技量は上だよ? それが通用していないし、しかも今武器もないんだけど」


 不可解という顔付きになったのはネフェルの方だった。

 何かアトとネフェルと認識の違いがある。すれ違いを感じたアトは、ネフェルに問う。


「待って、なんだか考えてることが違う気がするんだけど。何か方法があるの?」


「ふむ……。まさかと思うが、“神器”を知らぬのか?」


「“神……? 何それ?」


「異な事を。それだけ“神器”を量産しておいて、対神武具が揃っておらんとは言わせぬぞ」


 そう言ってネフェルが指を差したのは、アトが持っていた冒険者ライセンスのことだ。ネフェルの口調からすると、これが“神器”ということになる。そういえば、初めて会った時もそんなことを言っていたような。


「まさか、よもやここまで失伝していようとは……!」


「そんなこと言われても、誰も説明してくれなかったし!」


「その者の魂と接続し、“雫”を集めることでその身の段階を上げる。それが“神器”よ。おぬしが冒険者らいせんすと呼ぶそれはな、神へと至るためのモノよ。まあ、この程度の出来ならば“亜神器”と言ったところだろうがな」


 ネフェルは大きくため息を吐く。


「それをあれだけ造り出し、あまつさえ育てていながら、誰もその真理を知らぬと言うのか? もはやだれかが集めた“雫”を刈り取ろうと知識を与えぬようにも思えてしまう」


 ぶつぶつ言いだしたネフェルだが、そんなことをしている場合でもないと思い出したのだろう。アトの手を取ると、その冒険者ライセンスを目の前に持ってこさせる。ライセンスを額に当てるよう指示さて、アトはそっと動かした。


「まあよい。その“亜神器”にはこれまで集めてきた“雫”が宿っておる。それを持って武器を顕現させればよいのだ」


「そんなことできるの!?」


「出来るに決まっておろう。あの凶神ですら、手には神器を持って生まれてくる。神に至るなら、誰もがその身の内に“神器”宿しているものだ」


 ネフェルの声が冷たく、響くようにしみこんでくる。身の内から洗い流すような文言に、アトの中の何かが研ぎ澄まされていく。

 武器。あの凶神に届きうる武器。

 まわる思考の中で、アトは一つの形を見出した。


「――――ッ!?」


 いつの間にか、アトのその手には一振りの剣が握られている。

 この青く透ける刀身を、アトは見たことがある。

 装飾は華美にして人心を惹きつける。しかし、それでいて握りが手に吸い付くように馴染む。重さは振り回すのに適していると言わざるを得ない。


「…………宝石剣(ジェベル)!?」


 アトの口からその名がついて出た。


「ふむ……。まあ、よしとしよう。それならば、あの凶神にも通る」


 宝石剣から力が流れ込んでくるようだ。震えていたはずの足は地面をしっかりと踏みしめ、宝石剣を振るう腕には空気を断ち割らんばかりの力が込められる。

 これも剣の持つ能力付与(バフ)なのだろうか。もしかすると、ネフェルによるサポートなのかもしれない。


 アトは踏み出した。地を蹴るたびに電撃が爆ぜるよう。数歩の助走から、一気に疾走へと移る。これまでのアトでは考えられぬ速度。景色が一気に飛び退る。

 これまで休憩していたイドラも動いた。アトだけに任せておけぬと言うように、低く這うように疾駆する。凶神を囲む人々の間をまるで影のようにすり抜けていく。

 アトは速度はあってもすり抜ける技術は無い。咄嗟にそこらに落ちていた石材を<物体操作(キネシス)>で動かし、階段状に設置。そこを一気に駆け上がる。


 眼下では冒険者達が押し返されつつあった。すでに何名か動けないほどの重症を負っているものも出てきている。凶神の近くに行くほど、状況は凄惨なものになっていく。その刃にかかり、命を落とした者の姿も見え始めた。眼下では劣勢を悟った雰囲気が広がりつつあるようだった。


「こんなの……、無理だろ!?」


「勝てるわけがねえッ!」


「諦めるな! 僕たちが退けば、この都市にはもう後が無いんだ!!」


「そうは言ってもよぉ」


 血を吐くように、絶望に向き合う人達が見えた。それぞれが、それぞれの過去を背負い、理由を背負ってここに立っているのだ。

 【接合点(ノッツ)】に触れているわけではない。だけど、振り撒かれた彼らの“(おもい)”から、それら全てが視えた気がした。



 ――――斬り込んだ。



 上空から落下の勢いをも生かした一撃。

 輝きすら産む剣閃を、一直線に残して、アトは戦場に踏み込んだ。手応えは抜群。アトの会心の一撃が、凶神の腕が一本斬り飛ばした。

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