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84話「でふぃねいしょん おぶ ごっど」

 まるで磁力で引かれるように、冒険者ライセンスがアトの手の中に収まった。まるでそこにあるのが当然と言わんばかりだ。ライセンスを掲げた姿でアトは動きを止めた。


「ありがとう」


『かまわぬ』


 イドラはすでに疲労の限界で、どうと倒れるようにして地面に伏せた。


 伝わってくる、この小さなカードの中に収まっている力が。アトはそこへと手を伸ばす。


「お願い……ッ!」


 冒険者ライセンスから、光の粒子が膨れ上がる。もはや周りの視線も気にならない。

 その粒子が少しずつ集束していく。そのまま徐々に一つの形を取る。細身の人型だ。表面から光の粒子がはがれていく。

 中から現れたのは、怜悧な美貌を持つ褐色の肌の美丈夫だ。

 アトはポカンと口を開けた。おそるおそる指を差す。


「ええと、どちらさま?」


「余が分からぬのか?」


 形の良い眉を、心外だというようにひそめた。少し不機嫌なその顔も美しいとは何事か。シアンもそうだったけれど、こういった人種はどうして美しさを無駄遣いするのか。今の状況も忘れてアトはそんなことを考える。

 しかし、この言い方をするのは一人しか知らないし、そもそもこうやって呼び出すことができるのは一人だけ。


「まさか、ネフェル……?」


「それ以外の何があるというのだ、アトよ」


 ふん、と鼻息一つ。ネフェルは真っ白な民族服に身を包んでいた。まるで劇中の登場人物な服なのだが、仰々しいこれがよく似合う。


 ネフェルシェプスト。あの蒼い月の砂漠に閉じ込められていた王。

 アトの切り札は、彼だった。


 もう一度感謝の気持ちをこめてイドラを見る。乗り物扱いされるのを嫌がるイドラに無理矢理頼み込み、シアンを乗せて<アズースの石切り場>へ行ってもらったのだ。目的はもちろん彼との契約を為し、ここに連れて来てもらうこと。

 <過去視>を使ってアディリンの行方を探し出す以上、自分自身で行けなかったのだ。冒険者ライセンスだけで契約が為されるか、それは心配だったけれど、うまくいったようだ。

 こんな顔をしていることは予想外だったが。蒼い月の砂漠では、全身を包帯まみれにした包帯男のような状態になっていたのだから。

 意識を戻せば、ネフェルがアトのことを呆れたような目で見ていた。


「ありがとう。来てくれて」


「約束を違えるつもりはない。いささか呆れる成り行きだったがな」


「緊急事態だったから。それで、シアンは?」


「彼の者なら後で来るだろうよ。迷宮(ダンジョン)の防衛機構も無理矢理突破して使命を果たしたのちは、一人の方が速いと森狼に任せたのだ。さすがと言えよう」


 アトの胸の奥がじわりと熱くなる。それがどれほどの無茶だったか、アトには分かる。

 それでもやってくれた。きっと、アトには気付かないような危険な橋も渡ったに違いない。


「ふん。それにしてもなんとも見苦しい場所だ。それに、どうすればあんな状態になるのか理解に苦しむ」


 ネフェルは“あれ”を見ていた。その表情には怖れは無い。


「ネフェルは“あれ”が何のモンスターなのか知ってるの!?」


「モンスター……とは少し違うか。あれは“信仰なき神(ノグレス)”とでも言うべきか。神のなりそこないだ。神を求めるなら、そこには信仰がある。陽の光を、繁栄を、美しさを、豊穣を、勝利を。そのどれもを求めず、ただ無作為に願いを注ぎ込んだ穢れよ」


 ネフェルはすっと目を細める。“あれ”に対する憐憫が表情に混じった。


「様々な色をあそこまで混ぜれば、濁った色にもなろうもの。哀れよ」


 重い雰囲気にアトは声を失った。あれはアディリンが大勢の人間を殺し、その汚濁の上に生み出したモノだ。そうなるべくして、そうなったのか。


「ネフェル、“あれ”は何とかなる?」


 ネフェルは笑う。快活に。豪快に。その笑顔だけで、力が湧いて来るような。


「可能だ。余の時代では神と敵対する方法すら確立しておる。汝らの様子を見ていれば現在は失伝しているようだがな」


 ネフェルが一歩前に出る。“あれ”を見据えて不敵に言い放つ。


「よかろう。神の狩り方をここに再現してやろうぞ」




 ネフェルが何ごとかを呟いた。耳で聞こえているはずなのに、意味は聞き取れない不思議な音だ。だが、効果はすぐに現れた。はっきりと感じる聖域のようなフィールドがネフェルとアトの周囲に広がっていったのだ。

 “なりそこない(ヘッドレス)”たちは見えない壁に阻まれているいるようで、このフィールド内に立ち入れないようだった。


「さて、神を斃すのはそう難しくない。あのままでは余らと住む世界が違う故に攻撃が通らぬ。まずは同じ場所にまで降りてきてもらわねばな」


「ど、どうするの?」


「まずは、あの神の方向性を定めるとしよう。―――“其ハ何者ナリヤ”」


 <対神問答メタ・ユニフィケイション>。

 そんな単語がふとアトの頭の中に浮かんだ。アトは一度ネフェルの<過去視>を行っている。ネフェルの知識が少しでも入っているのだ。


「“名は―――――(アルゴウリス)、格は人理、轟にして腱、威にして砕”」


 朗々と呪文が続く。聞き取れない言葉は、いつしか理解できるものになっていた。あいかわらず「音」としては気味の悪いうめき声のようなものの羅列だ。しかし、その意味はハッキリと分かる。


 ネフェルのコトバに合わせて、“あれ(アルゴウリス)”の形がぐにゃぐにゃと歪み始めた。まるで煮詰めた飴細工だ。その色合いや大きさをどんどんと変化させていく。

 巨大な山のような体は四メートルほどの人型へ。

 腕は肩あたりからもう一対が生えて四本。

 体は全身これ以上なくととのった筋肉で構成されており、戦士を想像させる体付きだ。

 頭部は憤怒の表情、額からは大きな角が生えている。

 薄布を巻き付けたような服装。さらには下腕の一対には直剣と短槍、上腕の一対には棍棒と円鏡を所持していた。


 ネフェルがふん、と鼻を鳴らした。


「出たぞ。こいつが“凶神アルゴウリス”。浄化すべき神の形よ」

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