83話「のーへっど のーひゅーちゃー」
“あれ”の巨体に夕陽が掛かるころに、中央都市の防衛隊は動いた。
誰もが血の気を引いた顔をしているように見える。山にも見える“あれ”に攻撃が通るとは思っていないのだろう。なんとかなると思ってるのはほんのひと握り。
口火を切ったのは、生き残った魔術師たちによる魔術攻撃だ。
弱々しい火線が空中に引き結ばれる。まるで流れ星のように飛んだ火の玉は、“あれ”にかすることすらなかった。亡としてはっきりしない巨体をすり抜ける。
だが、全員に落胆はない。わかっていたことの確認のようなものだ。
それよりも。
ぐごご、と奇怪な音を立てて“あれ”がこちらを向こうとしている。さすがに攻撃されたことに気付いたらしい。
あの触手で攻撃をしかけてくるまでが勝負なのだ。
「行け! 技能攻撃開始!」
ギルド長の声が高らかに響く。アンセスから教えてもらったのだが、宝石の瞳を持つこの人は、他の誰よりも状況分析能力や思考能力が高い。指揮をするには向いている。
「おおッ!!」
誰かが吼えた。ぐぅっと戦意が膨れ上がる。
様々な武器が掲げられる。一斉に構えられたそれらは、準備ができた順に攻撃に移っていく。
<投擲>や<射撃>といった上昇系の技能による攻撃。
<光撃>や<閃撃>、<属性攻撃>といった通常攻撃に乗るタイプの技能。
<麻痺瞳>、<炎熱視>といった魔眼系の技能。
それが次々に発動する。みんなが魔力を注ぎこむ。その動きで陽炎が視えるよう。
光る矢が“あれ”の巨体を撫で、投げられた鉄球が通り過ぎる。
光の一撃や透明な一撃が、まるでカーテンのように巨体の触れた部分をゆらすのみ。魔眼は効果あるのかすらわからない。
「…………」
アトは目を細めた。やはり、効いていない。
届かない幻に向かっているような。
みんなが攻撃している場所がズレているような気がするのだ。
これではいくら攻撃しても駄目だ。当たってすらいない。
“あれ”の体の表面が、急に沸騰するように泡だった。液体のように震えた内側から、目玉が出現する。
――――見られた。
「ッあああああああああ!!!」
反動なんて考えられない。後のことなどいい。
アトは最大の出力で<物体操作>を放った。
あれは、視られはいけないモノだ。
目玉を幻の腕で捕らえると、握りつぶすようにして圧縮する。ぶちりと巨大な目玉は千切れた。そのまま落下して大きな音を響かせる。
「おおおおおおおおおっ!!」
歓喜の声が響き渡る。攻撃が成功したように見えたからだ。
だが、その歓声もすぐに悲鳴に置き換わった。
“あれ”が触手を持ち上げていたからだ。狙いは当然攻撃部隊。巨体が故に、ゆっくりと見えるが、ものすごい速度で振り下ろされる。
着弾した。
音が消えた。
認識できるレベルを超えたのだ。
まず感じたのは風圧。
壁に激突した衝撃。まるでおもちゃのように宙を飛ばされるのを感じる。
いくつか体にぶつかってくるのは、建物が吹き飛ばされた瓦礫だろうか。
ショックから心を守るためか、とぎれとぎれになった記憶。気が付けばアトは横倒しに倒れていた。
「ぅぐ……ぅう」
生きている。まだ生きている。
「エンキ……!?」
少し離れたところにボロボロになったエンキの姿が見えた。鎧はへこんだりパーツが飛んだりと酷い状況だが、こちらも命がある。
触手が振り下ろされる直前に、アト達の前にエンキが飛び出したのは見えていた。
イドラの時にもあった、不思議な円形の盾を構えて、だ。
「つつ……! <円旗盾>で防御してコレかよ……」
憎まれ口も力ない。肩を貸して何とか立ち上がる。
周辺は酷い状態だ。エンキの防御のおかげで直撃こそは免れたが、死なないレベルに減衰したショックウェーブでみなが吹き飛んでいる。
触手が直撃した当たりは悲惨なことになっている。直接攻撃をするために待ち構えていた部隊がいたのだが、跡形もない。おびただしい血といろいろな破片。生きている者などいるのだろうか。
うめき声が聞こえた。軽傷の者も、立ち上がる者はいない。
心が、折れたのだ。
どうやって“あれ”に立ち向かえと言うのだろうか。
ようやく、残存戦力を集めるようにギルド長からの声が届く。その動きものろのろと芳しくない。
「おい……。見ろよ。あれ、なんだ?」
「へ?」
「あいつ、何か落としてるぞ……?」
誰かが“あれ”を見上げて指差していた。“あれ”は体からいくつもの肉片を千切るように地面に落としていた。
肉片はしばらく地面でぶるぶると震えていたかと思うと、人間の形となって立ちあがる。異様に腰が細く、腕と足が大きい。きわめつけは頭部がないのだ。“あれ”の眷属。“ニンゲンのなりそこない”。そんな言葉が脳裏に閃く。
「うおッ!?」
「ぎゃあああああ!!」
「やめろ! くるな!!」
生み出された無数の“なりそこない”は腕を振り上げながら襲い掛かってきた。戦術も戦略も何もない。半狂乱になりながら生きのこった者達は応戦するだけだ。歯が立たぬほど強いわけではない。だが、膂力はものすごく強くて、やわな防御を貫通してくる。
すぐさま怒号と攻撃がごった返す戦場となった。
「クソッ、やつらこっちにも来やがる!」
アトとエンキの元にも、“なりそこない”が走り寄っていた。手足をでたらめに振り回して走るその様は、人間に見た目が近い分よけいに奇怪で気持ち悪い。アトの腕に鳥肌が立つ。
「オマエだけでも逃げろ! オレはいい!」
「置いていけるわけないでしょ!?」
彼我の距離はあっという間に縮まった。アトは思わず目をつぶる。
だが、いつまで経っても衝撃がやってこない。おそるおそる目を開けてみると、“なりそこない”は斃れていた。
まるで風のようにやってきたイドラが、体当たりで吹き飛ばしたのだ。
ここまで必死に駆けてきたのだろう。イドラは全身から熱気を吹きあげているように見える。その口から、何か薄いものが放られた。ゆっくりと、放物線を描いて、アトの手元へ。
それは、アトの冒険者ライセンスだった。




