81話「わっつ まい ねーむ?」
――――
夢を、見た。
聖別も種族も超えて、様々な生き物として生きて死ぬ夢だった。
時には男の人だった。
生涯を物を売ることに捧げ、大陸の北から南への商業ルートを拓いた。子どもに恵まれ、幸せに死ぬ。
「できることとやりたいことが一緒だったんだ。うれしいことだよね」
時には女の人だった。
女性には無理だと言われても、“騎士”を諦めきれず、鍛錬を続けていた。
何度も戦い、その度に傷まみれになっていった。
強さを高め、武勲を積んでも、戦士にこそなれども、騎士にはなれなかった。
敵兵の屍山血河の中で、血まみれの姿のままで、剣を握りしめる。共に血を吸ったその剣も、もはや魔剣。
号泣にも見える嗚咽が、誰一人生きのこらなかった戦場に響く。
「どうして……ッ!?」
時には妖鳥だった。
それとわかる自我を得た時には、すでに三匹の子持ちだった。
そのうち一匹は人間に討たれた。なれば、仇を打たねばなるまい。
羽根が千切れ、嘴が折れても、諦めることはなかった。だが、鉄の戦士には勝てぬ。
『口惜しや。口惜しや。忘れはせぬぞ。この恨み』
時には、山羊飼いだった。
人はみな布きれ一枚を結んだ衣服を着ていた。ようやく洞窟ぐらしから脱出したのはつい最近のことだという。
遠き空を、平べったい何かが飛んでいくのが見えた。
遠き山の間を、大きな人が通りすぎていくのが見えた。
羽根の生えた狼が、つがいを探して走り回る時期が近い。
時には。
時には。
時に。
「迷子じゃな?」
「え……?」
ぼんやりとした意識に、すっと差し込まれたその声は、冷水より冷ややかにアトの目を覚まさせた。
どうやらアトは座り込んでいたらしい。膝を引き寄せ、抱えたまま座る姿勢で、目の前のフィルムを見つめていたのだ。
今もまだ再生されるフィルム達は、その人生を伝えていた。死んだり、生きたり、笑ったり、泣いたり。
「ずいぶん集めたものじゃのう」
ついフィルムに引き込まれそうになったアトは、その声でまた戻ってきた。
何故だか、この人の話を聞かねばならないと感じたのだ。
アトは隣に立った人物の顔を見ようと、顔を上げた。だが、逆光でよく見えない。ぼんやりと見えるだけだ。
「小さいころは自分と区別がつかなかったんです」
村に居たころは、拾った“雫”の人物になりきって行動していたものだ。
小さいが故に、両親は遊びの一種と勘違いしていたが。
「困った事が起きたんじゃな?」
「はい。大きくなるにつれ、技能が発揮されてきたんです」
その者になりきっている間は、その者の技能が使えてしまっていたのだ。<魔術>を行使し、錬金をたしなむ。人を丸め込む話術でもって、食べ物を得る。獣の様に森を走り回り、遠吠えで野犬を呼ぶ。
小さなころは、ごっこ遊びと目を逸らせても、大きくなってからでは異常が際立つ。
その上、過去を読む。
見られたくない出来事、知られたくない出来事。それらを見て来たかのように言い当てる。
姿形が人間なぶん、恐怖心は余計に増したのだろう。村の人たちは怖がった。
「それで、ヨサ叔父さんに助けてもらったんです」
「ほお?」
目の前のフィルムが切り替わる。昔の自分だ、といっても今から数年ほど前のものだが。その時の状況が写しだされていた。
ヨサ叔父さんと自分。小屋の中で向かい合ってる。テーブルと椅子しかない、殺風景な小屋。
「この小屋、私のために作ってもらったんです。“悪魔憑き”は外に出るなって。始めは鎖でつながれていたんですよ。でも、ヨサ叔父さんがそんなものいるかって、この時だけは外してもらっていたんです」
フィルムの中では、勉強をしているアトとヨサ叔父さんが楽しそうに笑っていた。少なくとも、フィルムからは、そう見えた。
「ヨサくんは君に精神統一を教えた。統合し、自我を確立し、安定させる。魔術を行使する際に逆流しないための基礎だが、役に立ったのじゃなあ」
ああ。
今なら分かる。
今なら、分かってしまう。
アトは、泣きそうになった。その肩にそっとしわがれた手が置かれた。ほのかに温かい気がする。
フィルムの中では、アトの母親とヨサ叔父さんが話していた。過去の“雫”を視られたくないのならば、アトの手の届かぬ遠方で話すしかない。そうでなければ、視えてしまうのだ。
『あの子は大丈夫なの?』
『義姉さん。大丈夫。ひとまずは落ち着いてきたから。あと数か月ゆっくりと勉強していけば普通に生活もできるはず』
『ああ、ありがとう、ヨサ。あの子の事をお願いね。マリアを助けて』
アトは両手で自分の顔を覆った。
運が悪かったのだ。すでに身の内の落とし込んだ“雫”は数知れず。
自分とも自分でないとも区別できぬ複数の自我の集合体。ある時は別人、またある時には別人となって暮らしていたのだ。
だから、ヨサ叔父さんは、その全てを封印し上から被せるように人格を造った。人格ベースは中の誰かだ。無作為の選出。
アトは気が付いていた。限界以上の<物体操作>の出力。“雫”や<過去視>への理解。殻が限界なのだ。いつ割れるとも知らぬ状態なのだ。
ひび割れた両手を幻視しながら、ため息を吐く。
「そう気に病むでない」
くしゃ、と頭を撫でる感触がした。不思議と落ち着く。
「もっとワシに時間があったなら、もう少しいろいろと教えてやれたんじゃがのう。まだまだヨサのやつも詰めが甘い」
すうっと視界が白んでいくのが分かった。世界が壊れる。目覚めるのだ。
「すでにワシは彼の世界を離れた。じゃが、いなくなったわけではない」
「どういうこと?」
「未来を視るということは、未来の“雫”となりてそこに留まるということ。これから幾度となくお前さんを助けることができるよう、残してきたんじゃ」
消える。声すらも遠く。薄くなっていく。
「問うぞい? お前さんの、名前は何じゃ?」
私?
もはや世界は白く塗りつぶされ。自分の手すら見えない。ただ、自分がここに居る事だけははっきりと分かり。それも長く、遠く、永遠に引き延ばされていく。
私は。
――――




