80話「ふろんと べーす」
アトは冒険者ギルドに向かって移動を始めた。
動いたといっても、都市のどこからでも“あれ”の巨体は見ることができる。あの目玉で見据えているのか、散発的に攻撃を繰り返している。その度に地響きが届き、建物が倒壊する煙が上がる。
アトは魔術師ギルドへ行くことを選ばなかった。
もし魔術師や魔導師が生き残っているとしたら、戦力の集合を考えて冒険者ギルドへと集まるはずだからだ。
いや、最悪の事態を見たくなかったから、ということの方が大きいだろうか。
もしかするとヨサ叔父さんもアーネスも死んでいる可能性がある。言ってしまえば、<過去視>ができてしまう。親しい人の死を直視するのは怖い。
じわりと浮かぶ汗と焦りを押し隠しつつアトは走った。
「アトさあああん!!」
アンセスの声がアトの耳に届いた。見れば、冒険者ギルドの前で手をふる彼の姿が見える。
ギルドの外は人でごったがえしていた。あの巨体を見ても怯えぬレベルの冒険者が集まっている。そこかしこに簡易天幕やテーブルが並べられ、簡易的な拠点として機能していた。
修理の鍛冶をする区画、回復アイテム、魔術アイテムを配っている場所などが出来上がっていた。魔術師や魔導師の姿はない。そのことにずきりとしつつ、アトはアンセスに駆け寄った。
「無事だったのね」
「ええ。これからはどうか分かりませんですけどね」
ちらりとアンセスは“あれ”の巨体を見上げた。今はこちらを見ていない。何か空中を見上げている。
「急に出現した巨大なモンスターに対応するために、冒険者ギルドは対策本部をつくりました。円旗様も本部の方です」
「うん」
「シアン様は一緒ではないのですか?」
「シアンとは別行動中。都市から出てるから生きてる。安心して」
「そうですか」
ほっとした顔になったアンセス。だが、すぐにその表情を引き締めた。一際大きな天幕がある方を指差した。
「アト様も傷を負っているように見えますが、すみません、すぐに本部まで一緒に来てもらえますか?」
「私が?」
「ええ。アキティナから依頼を受けてこの件を調べていたのは貴女だけです。判明したことの共有と、あの巨体への対策があれば……」
そう言われるのなら拒む必要はない。一つ頷くとアトとアンセスはすぐに本部へと移動した。
本部の天幕では重苦しい雰囲気が漂っていた。
多くの人が重苦しい顔をしてテーブルを囲んでいる。
ちらりと覗けば、どうも中央都市の地図のようだ。そのいくつかに赤色の×印がつけられている。すでに破壊された場所なのだろう。
「失礼します。アト様をお連れしました」
じろり、とアトに視線が集まった。“あれ”とはまた違うプレッシャーに思わず息が詰まった。
天幕の正面一番奥。権力者が立つ位置に、老人が座っていた。その身は鎧に包まれており、老いてなお内からにじみ出る強さが感じられる。そのサーコートには金色の印章が光っていた。騎士の身分を表すものだ。
その隣に居るのが、清潔な恰好をした背の高い男性だ。まるで彫刻芸術のような造形。うすく開かれた瞳は赤い。輝くような目はまるで材質が違うように見えた。
あとはちょび髭の男性。どこかで見たことがあると思ったら、冒険者ギルドの面接の時にいたあいつだ。心の中で一歩引く。
他にも武装を整えた兵士や、逸品だと思われる防具を身に付けた冒険者が立っている。肩身が狭そうにしている魔術師がいるのも見えたが、これは“あれ”の攻撃の時に魔術師ギルドに居なかった人なのだろう。
貴族勢力、冒険者勢力、魔術師勢力。
この都市が抱える力がここに集まっていた。
「オマエか……。縁があるのか、何なのか……」
呆れた声で言ったのはエンキだった。装いはいつもとは違う。光り輝くような緑銀の鎧を身に付けていた。重装鎧よりかは簡易的だが、ものすごく防御力が高そうに見える。その意匠も豪華だ。肩についたトゲ、波打つように重ね合わされた板金部分などは芸術の域に達している。
これが、“円旗”としての正装なのだろう。都市の守り手、その担い手たる。
「円旗殿、お知り合いですかな?」
「ああ、まあ怪しい奴じゃない。駆け出しの冒険者だ」
「そんな者がどうして」
疑念の渦が巻く前に、すっと手を挙げた人物が居た。アキティナだ。この錚々たる顔ぶれを前にして、彼女の美しさは競り負けていなかった。
「彼女には今回のモンスター襲撃事件について調査をお願いしていたのです」
「おお。さすがは慧眼。先手を打っておったとは」
アキティナを賞賛する言葉がざわめきのように生まれた。それにひとつ頷いて、アキティナは続ける。
「アトさん。これまでの調査で分かったことを皆さんに伝えていただけますか?」
「わかりました」
アトは臆さなかった。一息吸い込んで落ち着いてみれば、さっきまでのプレッシャーも気にならなくなる。
“あれ”と比べてみれば何ものでもない。
アトは語り始めた。これまで分かったこと。アディリンについて。
途中で聞こえたマルヴァの死亡報告はやはりここにはまだ届いていなかったようで、アトの言葉に沈痛な唸り声がそこかしこで漏れた。
話が神話級モンスターである“あれ”のことについてになると、赤瞳の男性が強く反応していた。
「……これで私の知ることは以上です」
そう言い終わった直後。アトの視界がゆれた。
安心したのだ。
ここにはアトよりすごい人達が集まっている。その技術や知能はアト以上のもののはずだ。
もちろんアトも手伝わないわけではない。だが、自分の知ることを伝えた今、ふっと気が抜けてしまったのだ。
体が崩れるように倒れそうになったのを、アンセスが支えてくれた。
「よく見るとぼろぼろではないかね。まずは少し休みたまえ」
老騎士が優しい声で労ってくれるのを耳にしながら、アトの瞼は落ちた。




