7話「ひどぅん るーむ」
<マルヴァの館>のエントランスホール。全ての力を使い果たした弐号くんが崩れ落ちた。がらがらと音を立てて壊れ、瓦礫へと戻っていく。
頭部を潰されたドラゴンは、一瞬の間を置いて塵となってどこかへ散っていった。あとには爪や目玉だけが残される。
「ドロップアイテムというやつさ。迷宮では」
瓦礫を踏み越え、シアンが目玉を拾い上げる。水晶玉のようなそれを、指先でくるくる回して見せた。
「これはいい素材になりそうだ。これはもらっていいかい? 君にはこっちをあげよう」
「っとと」
シアンが放り投げてきたドラゴンの牙を慌ててキャッチする。手の中に収まらないほどの大きさ。しかしつやつやと光る表面は、吸い付くようにして手に馴染む。
「ドラゴンの牙は加工すればよい剣になる。せっかくなら皮とかも出てほしかったんだけどね」
シアンはくつくつと笑うとその可愛い顔を歪ませた。
ガチャンと鍵が開く音がした。どうやらエントランスから外に出る扉の鍵が外れたらしい。クリアしたことによる、外への出口だ。
「シアン、外に出られるらしいよ」
「ちょっと待ってくれ。瓦礫に紛れてドロップアイテムが落ちてないかと思ってね」
シアンはごそごそと瓦礫をかき分けていた。確かにドラゴンの素材など普段なら手に入りにくいものだ。だが、アトはそれほど精力的にはなれなかった。
しばらくシアンを見ていたがそれにも飽きた。先に迷宮を出るのも不義理に思えるし。アトは手持無沙汰に周辺を散策することにする。
壁伝いに歩き、二階へとつながる階段を上っていく。ドラゴンがはじめに座っていた踊り場に辿り着く。
そこから左右に別れる階段。まだ上がある。
ここがボス部屋である以上、二階はないと思っていた。しかし、階段を上り切った先には客室の扉が待っていた。これまでの客室とはくらべものにならないくらい、豪華な装飾がなされている。
「シアン! これ、何の部屋だと思う!?」
階下に呼びかけると、すぐにシアンが階段を上ってきた。不思議そうな顔をする、前かがみに扉を眺めると、白衣のすそが揺れた。
「さて……? 考えられるとしては宝物庫といったところだが、施錠されているな」
シアンが扉に付けられた装飾を叩く。金属質な光沢を放つプレート。その表面にいくつかのボタンが点いている。ボタンには山羊、獅子、剣、天秤、扉、船、杖の絵柄が描かれているだけで、数字も何もついていない。
「これがおそらく鍵なのだろうね。だけど、法則性がさっぱり見えない」
シアンがやれやれといった風に肩をすくめた。
アトは注意深くそっと扉に触れた。何も視えない。この扉が見える位置にある柵や壁にも触れてみるが、視えるものは何もない。
振り返れば階段の踊り場が見えた。
ドラゴンはいつもここに座っていた。
ボスとして待っているだけでなく、他に理由がある?
……扉を守っていた?
「シアン、さっきの目玉、見せて」
急なお願いに不思議な顔をしつつも、シアンは懐からドラゴンの目玉を取り出した。もし扉を守っていたならば、見ているはずだ。
触れる。
――――
見習い冒険者が扉を開けている。視線を定め、階段の踊り場から飛び降りた。
――――
違う。もっと奥へ。
ドラゴンは何度も見習い冒険者を屠っていた。そのヴィジョンを切り捨て、さらに違うヴィジョンを視ていく。
――――
まっくらな視界。まぶたが降りているのだ。その目がふと開いた。
扉が開けられている。一人のおじいさんが立っていた。
おじいさんは当然のようにドラゴンに近付いていく。
ドラゴンを犬のようにひと撫でし、そのまま階段を上がっていく。
視界が動いた。眼で追っている。
おじいさんは扉の前に立つと、ボタンを押し込んだ。
獅子、天秤、杖、羊。
扉が、開く。おじいさんが扉の中に入ったことを確かめて、視界は再び閉ざされた。
――――
「アト! アト!?」
「あっ……、シアン?」
「どうした、急にぼうっとして。疲れたのか?」
心配げな顔をしたシアンがのぞきこんでくる。アトはそれにかぶりを振った。
「大丈夫。なんでもない。それより……」
扉の前に立つ。まだ覚えてる。
アトは指を伸ばした。獅子、天秤、杖……羊。
カコン、という微かな音と共に、鍵の外れる音がする。
ノブをひねると、何の抵抗もなく扉は開いた。
「アト……、君は……」
アトは部屋に入った。
こじんまりとした部屋だった。ちょっとしたお茶をふるまう応接間。六角形をしたテーブルには、向かい合わせに肘掛け椅子が二つ置かれている。一つは空席、もう一つにはくまのぬいぐるみが座っていた。
あとは小さな本棚とクローゼット、これだけで部屋が埋まってしまう。
さっそくシアンが本棚の本を吟味していた。真剣な表情を見るに、値打ちあるものなのだろう。
不思議な部屋……。
アトは気持ちが落ち着くのを感じていた。もっと宝物庫のような場所を想像していただけに、肩透かしの感もあるが。
テーブルの上にはどこから持ってきたのかティーカップが置かれている。さきほどまでここでお茶を楽しんでいたかのようだ。
お茶の相手はこのくまちゃんかな?
可愛らしい想像に、思わず笑みが漏れた。
くまのぬいぐるみの頭を撫で――――、
――――
おじいさんが、私を見ていた。
「まあ、かけるとええ」
“私”は席に座っている。そこからおじいさんを見上げていた。
おじいさんの前に置かれたティーカップからは湯気が立ち上っていた。
「さて、首尾よくここにやってこれたというわけだ。よくドラゴンを倒したものじゃ」
おじいさんはやさしい目をして、私に話しかける。
そして何かを見るように目を細めた。
「彼女の救けを借りることにしたのか、なるほどのう」
おかしい。
このおじいさん、もしかして、私に話しかけている!?
おじいさんはにやりと笑うと、銀色になったあご髭をさすった。
「その通り。君の名前はわからないが、今、視ているのじゃろ?」