75話「だんす うぃず がーでぃあん」
後ろから駆動音が聞こえる。
流れていく洞窟の景色。顔に感じる風圧。その中でアトは違和感を覚えていた。
「出口はまだなの!?」
「アト! どうやら出口までの距離を伸ばされてるらしい。人工ダンジョンだからできるいやらしい手だ。いや、ボスモンスターを倒さぬかぎり出られぬタイプか?」
「そんなこと言っても!?」
鋼鉄の蜘蛛は待ち構えていたモンスターたちを蹴散らしていた。同じ闇から生まれたはずなのに、同士討ちをしているのだ。殴られたモンスターも黙ってはいない。やり返すように攻撃を繰り出すが、鋼鉄のボディは傷がつくようなものではなかった。
しかし、攻撃対象を探していたモンスター達にとって、敵意を向けて良い存在が現れたのだ。残ったモンスター達も殺到する。
その様子を揺れる視界で見ていたシアンが、目を細めた。イドラにくわえられたままで器用なことだ。
「攻撃対象に含まれるということは、モトが違うということかもしれないな」
シアンの言葉はなんとなく分かる気がした。
こちらの洞窟型の迷宮は安全性を重視したマルヴァが人工的に造ったもの。それに対し、あの三体のボスモンスターはアディリンの腕を守るために出てきたものなのだ。
言ってみれば、あの共食いのような争いはアディリンとマルヴァの代理戦闘と言うところだろうか。
しかし、この迷宮から出られなくなっているということは、ネフェルのように迷宮の操作権をアディリンが得つつあるということだろうか。
後ろから、ガシャガシャと重い鉄の足音がする。
鋼鉄の蜘蛛はその体を二つに割った。片割れがモンスターに足止めされていても、もう片方はフリーなのだ。それが追跡を諦めていない。
アトは強くそいつを睨んだ。
「シアン。アレを倒そう。私は見たことがないってことは、シアンが会ったことがある相手だよね」
「ああ。ボクの故郷では“守護者”と呼ばれていたな。防御も攻撃もこなす最悪の相手さ」
「以前はどうやって倒したの? 弱点とかは?」
シアンは困ったように弱く笑みを浮かべた。
「倒してなんかいないさ。全力で逃げの一手。泥や血を体に塗って死亡工作までしたくらいだね」
「だけど、倒せるはず。今のアレは半分しかない」
アトはイドラに心の中で呼びかける。ゆっくりとイドラは速度を落とすと、怪我をしないようにアトとシアンを下ろした。
倒すことで出口が出るにせよ、ゆっくり出口を捜索するにせよ、追跡されたままではきつい。ここで倒すしかない。
シアンは白衣から汚れを落とそうと叩いたが、まったく落ちないことに嘆息した。
その視線が鋭くなる。すごい勢いでやってくる“守護者”を値踏みしているのだろうか。
「まあ、あの時は君たちのような援軍も望むべくなかったものだ。ならば、やってみる価値くらいはあるだろうね」
いつもの笑みだ。シアンの金髪が、燃え立つように輝いて見える。もちろん錯覚なのだろうが。
美しい相貌で、獅子のような笑みを浮かべたシアンは、臨戦体勢となった。
アトもすぐさま剣を抜き放つ。手持ちのポーション類をざっと確認。イドラも身を低くして待ち構える。
「アト、今のボクには戦闘能力はほとんどない」
「うん。ゴーレムの素材がないからね」
「うむ。それは合っているが、正確ではないね」
鋼鉄の蜘蛛は、四足を大きく動かしながら目の前までやってきた。前脚を大きく振り上げ、こちらを睥睨する。球体をしている胴体がバカンと開き、蒸気が噴き出す。まるで鳴き声のような音が響いた。
「素材なら目の前にあるじゃないか」
シアンは腕組みをして胸を張る。
少し遅れてアトは彼女が何を言っているのか把握した。目の前の“守護者”。それ自体をゴーレムの素材とするために、破壊しろというのだ。
そのためには、アトとイドラが積極的に前に出なくてはならない。アトは即座に飛び出した。自分自身が迷う時間を与えたくない。
「イドラ、お願い!!」
戦闘指示なんてできない。戦い方は“任せる”のだ。あとは上手くやってくれるはず。信じて回り込む。
イドラも遅れて突進した。巨体な分、“守護者”が脅威とみなしたのかそちらを向く。前脚のするどい一本爪をふりかざし、ピック攻撃。
イドラはゆるりと風のように回避する。
そのとたん、“守護者”の球体ボディがいきなり変形した。
バケツの底が抜けるように中身が抜け落ちた。そう思ったのは錯覚で、何かが内部から展開されたのだ。
細長いバレルが何本も重ねられた物体。ガトリング砲。
シアンが顔色を変えた。
「回避ッ! 筒から飛んでくるぞ! 射線からどくんだ!!」
照準するように動く筒先から、逃げるようにしてイドラが動く。その速度はまさに神速。
ブブウウウウウウと、巨大な蜂の羽音が耳を襲う。
イドラの走る跡を追いかけるようにして、何かがぶつかった壁や床がボロボロになった破壊痕が創られていく。
唐突に、ガシャンと音が鳴って射撃がストップした。
「矢の再装填と同じだ! また来るぞ!」
アトは脚に斬りかかった。刃をぶつけた瞬間に打ち負けたのは直剣のほうだ。
放った斬撃の鋭さの分だけ、反動をもらう。嫌な音をたてて剣身が折れ飛んだ。
ぐるりとガトリングの砲身が、アトの方を向いた。




