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74話「だい はーど えすけーぷ」

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 アディリンの記憶は覚えている。どんな風に、考え、どんな風に生きていたかを知っている。

 それでも、アトはアトのままだった。そのことに安堵する。


 だが、状況は極めて悪い。今まさに生み出され、地に足をつけようとしている三体のボスモンスター。

 一体はイドラとそっくり。だが、繋がりが感じられない。偽のイドラだ。心の内で、イドラが憤る声が聞こえる。あんなまがいものと一緒にしてくれるなと。

 もう一体は<アズースの石切り場>でやりあった“蠍女帝(エンプレスピオ)”だ。すでにその女帝の体はアトを見据えていた。憤怒の表情はまるで焼き殺すほどの圧力。まさかこの個体、あの時のと同一なのだろうか。


 そして最後の一体は、見たこともないモンスターだった。

 全身鋼鉄。まさに歪な鎧が動いているようにも見えるモンスター。形は蜘蛛に似ているだろうか。丸っこい胴体から無骨な槍のような脚が何本も生えている。

 どう考えても硬そう。剣の刃が通りそうもない。


 見上げれば入り口で耐える顔をしているシアンがいた。


「シアンッ!!!」


 アトは咆えた。シアンが満足げな笑みを浮かべた。その瞳がアトを射抜く。

 嫌な予感がした。シアンが何かをやる気だ。それも、アトが失敗すれば大怪我するような何かを。


 シアンのことは知っている。今から彼女が何をしてもいいように、身構えた。


「先に謝っておこう、済まない!!」


「なにを――――!?」


 言い切る時間は無かった。


 弐号はむんずとアトをひっつかむと、全力でもって大広間の入り口までぶん投げたからだ。

 バカじゃないだろうか。


 ありえないほどの速度が出て、風圧がアトの顔面を叩く。息ができなくなり、思わず目を閉じる。

 この速度で地面にぶつかれば、骨折で済むかどうか。こんなもの、高い建物から落下しているのと何が違うのか。

 <物体操作(キネシス)>は?

 駄目だ。これほどの勢いを止めるほどの力はない。


 追い詰められ、アトは残った策に手を伸ばした。


「イドラっ! お願い!!」


 うぉん!

 一声咆えるのが速いか、アトの冒険者ライセンスから粒子が吹き上がるやいなや、森狼の実体を持つ。そのまま背中で柔らかくアトの体を受けると、その勢いを殺していく。イドラの類いまれなるバランス感覚が為せる技だ。

 気が付けば、フードをくわえられ、そっと床に降ろされていた。


 すでにシアンの目の前。どうだと言わんばかりのシアンの顔に、思いっきりチョップを叩き込む。


「せめて一声掛けてからにしてよ!!」


「時間がないんだよ。ボクの優しさだと思ってほしいね」


 弐号の咆哮が聞こえた。

 いや、実際は三体のボスモンスターを食い止める弐号のボディが悲鳴を上げる音だった。一体どうやったのか、偽イドラを踏みつけて抑え、“蠍女帝”の女帝体を腕に抱え込んで離さない。そのボディには“蠍女帝”の毒針が深く突き刺さっている。いつ崩壊してもおかしくない。


「アト、急げ。弐号、頼んだ!」


 弐号に対して自律行動を命令したシアンは、アトを追い抜かす勢いで駆け出した。いきなりの全力疾走だ。アトもイドラをライセンスに引き戻し、シアンを追いかけて走り出す。

 弐号が時間を稼いでいるうちに逃げなければいけない。


「でっ、でも、シアン! この通路なら入れないんじゃないか!?」


「後ろを見てみるんだ!」


「後ろぉ?」


 ちらりと首だけで振り向くと、“鋼鉄の蜘蛛”が自分の身体を真っ二つに割ったところだった。勝手に死んだのかと思ったのだが、違っていた。脚が四本に減った代わりに、体の大きさも半分になったのだ。

 まるで四足の動物のように、小さくなった体でアトとシアンの追跡を始めたのだ。


「……! ……ッ!? ………!!!」


「言いたいことは分かる、アト。撃退するにもまずは広いところに出なければ話にならない。今は走れ!!」


「わああああああッ!!」


 アトとシアンは全力で走る。

 どうやって動いているのか、鋼鉄の四足はガシャガシャと重い音を立てながら背後を追いかけて来る。騒音は大きすぎて、近付いてきてるのか、それとも引き離しているのかも分からない。


 目の前に隠し扉の入り口が見えた。アトとシアンはまるでゴール地点のようにそこに飛び込んでいった。


 カーテンをまくるようにして、目の前の風景が切り替わる。隠し通路を走って突き抜けたせいだ。

 風景がもとに戻ると、あの岩肌の洞窟が目に飛び込んで来た。


 ここに来るまでに無視してきて、“大キノコ”や“イノシシ”などの、大量のモンスター達も。

 心臓の鼓動すら止めてしまいそうな数に、シアンとアトの体が凍り付いた。

 モンスター達は、いきなり現れた獲物にまだ意識が追い付いていないらしい。全員が視線を注ぎながら、動き出すきっかけを探しているようだった。


 ドガッっと豪快な音がして、隠し通路が破壊された。小さくしてなお余りある大きさのボディが、通路入り口の枠をぶち抜いたのだ。

 一瞬の間隙。全員の意識の隙間を、アトは突く。


「イドラぁッ!? お願いッ!!」


『主! なんでもたのむものではない!!』


 これまでで最速の召喚だ。一瞬で実体化したイドラは、アトをくわえ上げると背中に放り上げる。シアンは甘噛みで食わえると、ものすごい速度で跳躍した。


『死ぬ気で捕まるがいい、主! ここから脱出する!』


 アトはぎゅううっとイドラの毛を掴んだ。ここで落とされてしまえば、確実な死が待っている。森の中のようにぐんぐん速度をあげるイドラに任せ、アトは脱出を目指した。

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