72話「がーでぃあん おぶ へる あーむ」
二人の歩みが止まったのは、隠し扉から通路に入り、大広間に辿り着く直前のところだった。
この隠し通路に入ったとたん、光の玉が出なくなった。狭いのもあるので、弐号はシアンの冒険者ライセンスに戻して進んでいたのだ。ともかく、敵が出なくなったことを喜んでいたのだが、それは間違いだったと気付かされた。
アディリンの腕が安置されている大広間。そこには大型の光球が三つも浮かんでいるのだ。あきらかにボス急の大きさ。それが宙に浮いてふよふよと漂っているのだ。誰かが広間に入ると同時に、三つともが変化してボスモンスターになるのが目に見える。
広間の入り口からこっそりと除くアトとシアンは、思わずため息を吐いた。
「たしかにこの通路にこまごましたモンスターは出ないわけだ」
「どうしよう、シアン。前に来た時はあんなものはなかったんだけどね」
言いながらはたとアトは気付いた。前回はマルヴァと一緒だったことをだ。迷宮の創造主と一緒にいるのなら、モンスターの出現くらい操作できて当然だろう。
逆に考えると、護衛のモンスターがいる今は、マルヴァはここには来れないということだ。
「どう考えても三体のボスモンスターを倒すのは無理だろうね」
「ふむ……。今回の目的はボスモンスターの撃破じゃない。アトが辿り着けば目標達成だ。<過去視>で過去を読み取るのは数瞬で完了するだろう? じゃあ、とにかく読んでから、逃げの一手だ」
シアンが示したのは、弐号で一気に腕の在処まで到達。光の玉がボスモンスターに転じるまでに逃げるという方法だ。
「転じた後でイドラを出してくれれば、ボクらが逃げる時間くらいは稼げるだろう? 転じるぼすもんすたーは<マルヴァの館>の“大型トカゲ”や、イドラのコピーくらいなものさ。それほどの大型のモンスターでは通路には入れないからね」
ふふん、と自慢げに胸を張るシアン。その横顔に、アトはじっとりした視線を向けた。
「私がアディリンに乗っ取られていたらどうするつもり?」
「その時はそれこそボスモンスターが立ちはだかってくれるさ。希代の魔女と呼ばれていたんだろう? おそらく倒せるんじゃないかな?」
不安な要素は多い。だけどここまで来たのだ。このまま手をこまねいていてはさらに被害が広がる。場合によっては、中央都市自体が滅びる。
見たこともない上位の迷宮に行っている冒険者がいたら?
何かモンスターの災厄に出会って、過去に村が滅んでいる人がいるとしたら?
その時点で、あの闇は再現するだろう。
アトはぎゅっと目を閉じると、自分に気合いを入れた。
臆すな。自分をしっかりと持つことだけが、未来を切り拓く。
「行こう、シアン」
「任された……弐号ッ!!」
シアンの冒険者ライセンスが光り輝き、広間入り口前に巨大なゴーレムを呼び出す。アトは全身に力を込めて飛び出した。その背中に飛び乗り、しっかりとでっぱりを握る。以前と違うのは、アトが握れるように持ち手がちゃんとついていることだ。シアンの気遣いに感謝だ。
「行……けッ!!」
シアンは広間には入らない。いつでも逃げられる位置から弐号の操作を行う。
弐号は一気に広間を突っ走った。目指すは真ん中のモニュメント。その上方にある台座に収まるアディリンの腕だ。
弐号に乗っているおかげで高度も十分。速度もそれなりに出ている。
来た。
アトは視界の端で光の玉が動くのを確認した。アトに向かってぐんぐんと近づいてくる。
あれが転化するのが速いか、アトが“腕”に触れるのが速いか。
シアンを信じるしかない。アトは光の玉をなんとか意識の外へ放り投げた。腰から直剣を抜く。自分の動きをイメージするのだ。一手で容器を割り、触れる。そのあとは離脱。
光の玉より速く、アトは台座に辿り着いた。なめらかな動きで直剣を振る。<剣術Ⅰ>ではあるが、狙いたがわす容器を割り砕く。中から飛沫をあげながら保存液が漏れ出した。ついで、どろりと垂れ下がるアディリンの腕。
アトは、それに、触れる。
シアンは、必死に弐号を操っていた。
出来る限り最速。無駄な動きはしない。振り落とすような急制動などもってのほか。それでいて光の玉の軌道を読みながら修正する。シアンの頭脳があってこそできることだ。
シアンの視界には、光の玉より先に腕に辿り着くアトが見えていた。
容器を割り、出てきた腕に触れる。
そこからはシアンにはわからない世界だ。ひやりとした感触が背中を撫でる。
何か、間違ってしまったのでは、ないか。
シアンは湧きあがる不安を振り払う。もはや賽は投げられたのだ。
「まだか……。まだか……ッ!」
腕に触れたアトは動きを止める。<過去視>をしているアトの意識が戻ってくる時間は、実はまちまちだ。何度かその様子を傍から見ているシアンは、“雫”の量が多いほど視るための時間が必要なのではないかと呼んでいる。
アディリンはすでに過去の人。その一生分を視るのだとしたら、どれほどの時間がかかるものか。
動かぬアトに向かって、光の玉がぶつかっていく。それ自体に重さや実体はないらしい。アトの体は揺れすらしない。だが、その後がいけない。光の玉はすぅっと離れると、一気にその体積を増し始めた。
ぐんぐんと大きくなる三つの光。
一つは獣の様なフォルムを形づくりつつある。イドラだ。
もう一つは、シアンにとって見覚えのあるフォルムだ。アトに関わるモンスターしか出ないと思っていたが、あてが外れたらしい。おそらく弐号に触れた時に、さかのぼってシアンの記憶を読み取られてしまったのだろう。
そして、
「なんだ、あれ?」
最後の一つは、大きな昆虫のような形を造ろうとしていた。巨大な体、そこから生える足。尻尾のようなものが付いている。
まだか。まだなのか!?
シアンが息を詰める中、三体は、実体化した。
森林回廊のボス。“森の獣”イドラ。
シアンの故郷における、里を守る守護機械。“鋼の蜘蛛”、ドキウドゥス。
そして、大蠍の体を持ち、人間を先端にくっつけたような冒涜的な造形。シアンは知識として知っていた。“蠍女帝”。
空気が変わった。
死の世界だ。どっと汗が噴き出るのを止められなかった。
三体が、動く。




