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71話「こぴー えねみー」

 そうして再び、アトとシアンは迷宮(ダンジョン)に立っていた。

 <アディリン魔術洞(ケイヴ)>の前には警備のためにか魔術師が立っていた。そこを冒険者組合の調査員としての肩書きとシアンの口八丁で押し通る。

 そうして、二人は<アディリン魔術洞>の入り口に立っていた。


「アト……大丈夫かい?」


 シアンが気遣う声を出した。その通り、アトの顔は真っ青になっている。入り口での【接合点(ノッツ)】を視たのが原因だ。そこには迷宮(ダンジョン)から出てきたアディリンに惨殺される魔導師の過去が残っていた。

 処理されたのか、もはや血の跡もないが、そこで彼らが死んだことはこうして残るのだ。


「うん。だいじょうぶ」


 たっぷり時間を使ってから、アトは答えた。そうして答えることで、一息つくことができた。うん。行ける。進める。

 その表情を見て、シアンも頷いた。


「ひとまずはここの隠し部屋までたどり着かなくちゃならないね。ルートはボクが覚えているから大丈夫。それより……」


「腕の過去を”視た”後、だね」


「ああ。その通り」


 シアンはアトの決意が固いと再確認して、険しい顔になった。


 アトの狙いは単純だ。これ以上の犠牲を出す前に、相手のねらいを暴き、対応しようというのだ。相手はアディリン。<未来視>すら欺く人物だが、その人物自身の考え方が分かるとすればどうだろうか。


 アトは唇を引き結ぶと、迷宮(ダンジョン)内部を進み始めた。ごつごつした岩肌は、じめっとした空気に触れて濡れているように見える。


 アトは、アトだ。

 考え方も、自分としての在り方も、変わったように感じられない。

 シアンにも尋ねたが、今までとの差異は感じられないと言っていた。


 だが。


 アトの記憶の中には、いまだに“ギノスッス”の記憶が存在する。その考え方、犠牲となった者達の記憶。そういったものをひっくるめて、アトの中にあるのだ。

 だから、アディリンを“視て”、その考え方を手に入れることができれば、先手が打てるというわけなのだ。


 しかし、“ギノスッス”の時のように、一時的に行動や思考を乗っ取られる可能性は高い。特に相手は先代の【ウシュタの翼】だ。そういったことに長けているかもしれない。

 そんな時のためのシアンなのだ。“ギノスッス”の時のように、アトを正気に戻してもらう。


 シアンの強さは知っているし、何よりもシアンという人物をアトは信じている。

 シアンはもしもの事を考えて嫌がっているのだ。アトがもとに戻らず、殺すしかない場合。アディリンがあまりにも強力で、シアンごと倒れる場合。


「だけど、そんなことを言ってたら手遅れになるよね」


 シアンに聞こえないくらいの小声で、アトは呟いた。

 手荷物のカンテラに光を灯す。暗い迷宮(ダンジョン)の奥に踏み出した。



 しばらくは何事もなく進む。例の事件があってから、ここに入る生徒もいない。誰もいない迷宮(ダンジョン)を、どんどん進んでいく。

 このまま行けばいいのに、という思いは破られた。上空から光の玉が降りてきたかと思うと、いきなり猪型のモンスターへと転じる。


『ぶもおおおおおおおお!!』


 その雄叫び、重量、プレッシャーは本物だ。


「これ、あの牧場のモンスター!? こんなところにいるものなのかい!?」


「シアン、たぶん違う。私たちの過去に触れて造られたモンスターだと思う」


 殺されてしまった魔導師の過去から、それは予測できた。

 触れることで過去を読み、過去のモンスターに変えてしまう。この迷宮(ダンジョン)はアディリンを封じたもの。その性質は同じなのだ。


 だからこそ、迷宮(ダンジョン)に入ったことのない若い魔術師を連れてくる。

 監督役の魔導士より先に、光の玉に反応させるのだ。

 モンスターを見たことのない者が相手なら、形を取りようがない。あとはその魔術師にやられ、吸収されてしまうだけ。


 マルヴァはアディリンの弱体化と同時に、今代の魔術師の強化をも狙ったのだろう。


 ドドドと走ってきた猪を間一髪回避し、シアンは走って離れる。猪はそのままアトに向かってきたので、躱しながら剣を振るう。それなりにダメージは入ったが、まだ動けなくなるほどじゃない。


「アト、少し下がるんだ! 来い! 弐号!!」


 光の粒子がシアンの冒険者ライセンスから発せられる。瞬時に形を造った弐号は、重い地響きを立てながら着地した。すぐさま猪をロックオンすると、突撃を開始。その勢いのままタックルを叩き込む。

 さすがに重量級のゴーレムタックルには耐えられなかったのか、猪は沈んだ。すぐさま塵となって消える。


「このくらいなら問題ない!」


 シアンが自慢げに胸を張る。気の抜けない迷宮(ダンジョン)の中ではあるが、アトは笑った。

 その笑いが、凍り付く。

 上空からはまるで雨のように光の玉が降りてくるところだった。あのまだ形は変わっていないが、あれが今まで出会ったモンスターに変じるとなると厄介きわまりない。


 さらには、一際でかい光の玉が降りてくるのが見えた。


「シアン、あれ!」


「あれはまずいね……。ボクらが出会った中での最大の敵。おそらくイドラに変じる可能性が高い。アト、逃げるよ!」


 シアンが言うなり走り出した。弐号が慌てて追随する。体の大きな弐号の方が足の歩幅も大きい。やがて追いつくとシアンを拾い上げる。アトも慌てて弐号くんの背中に飛び乗った。


「このまま行く! アト、間違ってもイドラを出すんじゃない」


「どうして!? イドラの強さは知ってるでしょ」


「そのイドラが出会ってきたモンスターでも出てきてみろ。太刀打ちできる気はしないぞ? 幸い降りて来る速さは遅い。地上に残り続けるかは分からないが、今は駆け抜けるだけだ!!」


 シアンはそう叫ぶと真っ直ぐに前を見つめる。ぐんと弐号のスピードがあがった。

 アトは振り落とされないように弐号にしがみつく。そのままの姿で、二人と一体は迷宮(ダンジョン)の奥へと突き進んでいった。

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