6話「くりえいと ごーれむ」
「さて、それではあのドラゴンをどうやって倒すか、計画を話そう」
「何かいいアイデアがあるの?」
「あるのさ」
開かれた<マルヴァの館>の扉。入ってすぐのところでシアンが得意げに笑みを浮かべる。
「とにかく必要なのは扉だ」
腕を振り上げてシアンは扉を指し示す。長い廊下に点在する客室の扉。そのことだろうか?
気が付けばすでにシアンは一つ目の扉に取り掛かっていた。開いた扉の蝶番を壊そうとしている。装備している小さなハンマーでガツガツと殴っている。
「ほらアト、君も早く扉を取り外すんだ」
「ええ~。これが何になるっていうの?」
「いいから! あ、取り外した扉はボス部屋前に置いといてくれ」
声すら出なかった。入り口近くのここからボス部屋までけっこうある。だが、シアンはアトの抗議を聞く気はないようだ。
せめて説明くらいしてくれればいいのに。
とにかく、アトに何も案がない以上、シアンの計画に頼るしかない。アトは腰の直剣を鞘ごと取り外す。シアンのようにハンマーを用意していいないので、これで叩くことにした。
「けっこうな! 重労働だよ! これ!」
アトはドカンと叩きつけるように扉を放り投げた。もはや瓦礫の山と化しているその前で、へたりこむ。
あれからいくつ扉を運んだだろうか。あらかたの扉を運び終えた。ドラゴンを倒すどころか姿を見ていないのに、何かの達成感すらある。
いつのまにかシアンが近くに来ており、満足そうに頷いていた。
アトはじとっとした目を彼女に向ける。シアンは思っていたより力が弱く、扉を引っぺがすのにあまり役に立たなかったからだ。ほとんどをアトがやる羽目になった。
「うんうん。なかなかいい感じだ。本当は部屋の中の木箱も積めればよかったのだけどね。ミミックを見分ける方法がない」
「分かるよ?」
アトには<過去視>がある。木箱ミミックは狡猾らしく、ときおり自分で位置を変えていたりしていたが、アトには視えている。
驚いた顔をしたシアンに、若干の優越感を感じる。
「それは驚いた! 意外な特技があるものだな」
そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてくれたまえ。
「では、木箱も持ってきてくれないか。合った方が成功率が上がる」
やめときゃよかった。
シアンのこれ以上ない笑顔に断り切れず、ゾンビのようにアトは歩き出すことになった。
あれからさらに時間が経ち、アトとシアンはようやく全ての木箱を集め終えていた。スタミナ回復の休憩を入れ、ようやく立ち直る。
水を入れた筒から口を離し、アトは息をついた。
シアンはさっきから瓦礫の山の周囲をぐるぐる回りながら出来栄えを確認している。
これで何ができるんだろうか。
「じゃあ、はじめるとしよう」
カツン、とシアンのブーツの音が鳴った。ぐっと息を詰めて見つめてしまう。
腰に手を当て、豊かな胸を張り、自信に満ち溢れたシアンが瓦礫の山を見やる。
「ボクの戦闘様式はゴーレムを使った遠隔攻撃。流し込む魔力と、素材の量でゴーレムの強さが決まる。これだけあれば、十分さ!」
ぐわんと空間が揺れた気がした。
「<機巧兵創造>ッ!!」
薄く青い燐光を放ちながら、瓦礫が巻き上がる。まるで竜巻に巻き込まれように。
引き寄せられるように瓦礫どうしがくっついていく。がっしりした脚部、ずんぐりと大き目の胴体に、歪なまでに大きな腕。
「すご……!」
できあがったのは、巨大な木製ゴーレムだ。デフォルメされた顔部分は、なんだか可愛らしい気もするが。天井に頭がつかえそうになるほどの大きさだ。腕を振り回すだけでもアトなど致命傷になるだろう。
「よし、行け! 弐号くん!!」
ズドンだとか、ゴキャンだというすごい音がして、ボス部屋の扉が木っ端みじんに弾け飛ぶ。
ゴーレムがもし鳴けるのならば、雄叫びでもあげているんじゃないだろうか。
弐号くんはずしんずしんと足音を響かせながら突撃を敢行した。
驚いたのはドラゴンの方だろう。
目を丸くしているように見えたのは、アトの錯覚だろうか。
踊り場から身を起こし、エントランスホールへと降りてくると、何とか応戦しはじめた。
ドラゴンが噛み付く。弐号くんが拳を叩きつける。
ドラゴンの鱗が剥がれ落ちるのが見えた。どれほどの威力なのか。
あれ、もしかして。このままじゃまずい?
アトは気付いた。ドラゴンにはけっこうダメージを与えている。だが、ドラゴンも学習してきたのか、効かない噛み付きよりも頭突きや体当たりといった攻撃が増えてきていた。
元は扉などの木製だ、ドラゴンがしっかりと体勢を作ってアタックをすれば、その分、弐号くんの身が削れていく。
シアンには攻撃手段がない。アトが行くしかない。
気付いた時には駆け出していた。直剣を抜き放ち、鞘を放り捨てる。邪魔だ。
円を描いて周りこむようにして走る。
「アトっ!?」
シアンの声。
振り返るな。ここが正念場だ!
瓦礫を踏んだ。バランスを崩しそうに、
――――
ドラゴンが身を引いたと思った次の瞬間。その尾が振り抜かれた。
若い見習い冒険者がしたたかに打たれて吹っ飛ぶ。骨が折れたのか。
――――
――――
ドラゴンが身を引くように動かし、連動した尾を振り抜かれる。
見習い冒険者が持つ盾ごと叩き割り、尾が彼を吹き飛ばす。
――――
なった。速度を上げることでバランスを取り戻す。
ドラゴンの視界は広い。ちらりとこっちを見たのがアトにはわかった。
ドラゴンが身を引くように動かす。
尻尾が来る!!
アトは即座に体を沈みこませた。倒れ込むようにして、身を投げ出す。その僅か上を、ドラゴンの太い尾が通過した。今しかない。剣を手放さなかった自分をほめたい。
「やああああッ!!」
アトは剣を腰だめに構え、全体重を乗せるようにぶつかっていく。刃は弾かれなかった。ずどっとドラゴンの足に突き刺さる。
ドラゴンの瞳が怒りに燃える。アトを噛もうと咢をめぐらせた。
それが決定的な隙になった。
天から落ちる巨大な拳。
一撃でドラゴンの頭を叩き伏せ、横倒しになった頭部を床と挟んでパウンドする。
「弐号くん! 全力でやってしまえ!!」
シアンの叫び声が聞こえた。弐号くんは応えた。体が崩壊するほどの威力でドラゴンを殴る。ドラゴンの牙が折れ飛んだ。一撃入れるたびに部品が零れ落ちていくが、かまわず弐号くんは拳を打ち付けた。
弐号くんが機能停止することで、ようやく攻撃が止んだ。
ドラゴンはぴくりとも動かない。
「やった……?」
「どうやら、そのようだね……」
いまだ緊張が抜けぬ表情で、シアンが呟いた。
「君は無茶をする。尾に巻き込まれれば一撃で死んでいたぞ」
「あ、うん」
「まあ、おかげで倒すことができた。あのままだと危ないところだったからね。
見習い冒険者ライセンスを、シアンが目の高さに掲げて振っている。あわててアトは自分のライセンスを確認した。<マルヴァの館>のクリアが記されている。
やった……!
「これで<マルヴァの館>はクリアだね! 昇格だ!!」
湧きあがってくる喜びを、アトは全身で感じていた。