69話「ぶれいくだうん ひゅーちゃー」
魔術師ギルドは思ったより変わったところはなかった。目に見えて破壊されたところや、異常があるところは無い。空気は若干ピリピリしていたが、それはしょうがないというものだろう。街中がそういった雰囲気に包まれつつあるのだ。
アトとシアンの二人がエントランスに足を踏み入れると、ざっと視線が集まる。
半分くらいが緊張、一部敵意のある視線が刺さる。
うっ、とアトは詰まった。確かに部外者がこうやって入ってくると良い気はしないものなのだろう。全くもって意味もなく胸を張り、堂々としているのはシアンくらいなものだ。挑発的とも取れるその態度を見て、思わず裾を引いてしまう。
「シアン、もうちょっと大人しく……」
「いいじゃないか。ボクは気にしない」
「私が気にするよ……」
ふん、とシアンは鼻息一つ。アトににやりと笑って見せた。
「最初にココに来るべきだったね。一番情報が集まりそうだとボクは思うよ」
「どうして分かるの?」
「分かるものさ。確かに魔術師という輩は集団意識が強い。こういう事態になればこんな風になるのは分かる。だけど、ここの魔術師たちの警戒の仕方はそれとは違う。魔術師ギルドには“まだ襲撃がある”と思ってるのだろうね。確信ができるほどの何かを知っているのさ」
そういうものなのかなあ。アトには分からないが、自信たっぷりのシアンの顔を見ていると、そういうものかと納得してしまう。
こっそりとシアンが指を差した方を見ると、目立たないようなところに完全武装した魔術師が居ることに気付く。たしかに警戒としては過剰すぎる。
いや、過剰ではないのか。
<未来視>。
学長であり、ギルド長であるマルヴァは、未来が視える。ここがもう一度襲撃される未来すら、視えるということではないか。
受付のお姉さんは前と同じ人だった。緊張していた顔が、少し和らぐ。向こうにとってはまだ知っている人物なのが安心材料だったのだろう。
「こんにちわ。大変だったようですね?」
「ええ、もうご存知かと思いますが、魔術師ギルドにもモンスターがやってきましたからね」
受付のお姉さんは、疲れた表情を見せた。
「そのわりには、被害は少なかったようだね」
「はい。ここは魔術師ギルドですからね。すぐに優秀なギルド員の魔術によって撃退されました」
シアンの質問に、お姉さんは誇らしげに答えた。前に来訪した時もそうだったのだが、このお姉さんも多分に魔術師指向といった感じ。アトは心の中で苦笑した。
「押し寄せてくる様子はこのカウンターからでも見えました。私が魔術を打つまでもなく、撃退されてしまいましたけどね」
言われて見れば、たしかにカウンターに薄く【接合点】が見える。触れてみると、開け放たれた入り口から、魔術師とモンスターの戦いが視えた。
その攻撃は一方的なものだ。待ち構えた魔術師によって、一斉に倒されていく。炎や水、雷の乱舞。確かにこの様子だと魔術師ギルドは無傷で済むだろう。
<過去視>から戻ると、シアンがアトの顔を見ていた。振る舞いから、過去を視ていたのことを見抜かれている。お姉さんの言っていることに齟齬がないことを、小さく頷いて伝えた。
「それで、今日は何のご用でしょうか?」
不思議そうな顔をする受付のお姉さんに、今日の目的を伝える。冒険者ギルドから調査依頼、そのためにマルヴァに会いたいということを。
アキティナの根回しが済んでいたのか、あっさりと案内してもらうことができた。
今回は学院の方ではない。同じ魔術師ギルドの上層階だ。
「何だか、雰囲気が違うね」
これまでの階は研究室や学院のような講義室といった造りになっていたが、この階は違う。まるで高級住宅のような内装になっていたのだ。
ふかふかの絨毯、窓際に置かれた花や椅子。美しい装飾が施された扉。
アトの呟きを、受付のお姉さんが拾ったようだ。アトへ笑顔で振り返ると口を開く。
「ああ、そうですね。このフロアはほぼ全て、マルヴァ様の私的なフロアとなっています」
「ええ!? このフロアまるごと!?」
アトは気付いた。どこかで見たことがあると思ったら、<マルヴァの館>と似たような内装になっているのだ。趣味が似ているというべきか。似通った雰囲気を感じる。
お姉さんはその扉の一つへとアトとシアンを案内した。ノックをして中に声を掛けてから、お姉さんは引き下がる。これ以上は一緒に行かないらしい。どうぞ、と促したあとは素早く去っていった。
残されたアトとシアンはしばらく迷ったあと、ドアノブを捻った。
その広い部屋は、応接室というよりは、寝室と言うべきだった。
落ち着いた色調のカーテン。うるさすぎないように配置された高級だろうと一目見て分かる調度品。
何より中央にドンと置かれた大きなベッドが寝室であることを主張している。
そのベッドの上、体を起こした状態で休んでいる老人がいた。魔術師ギルドのマスター、マルヴァだ。
その顔には隈が見え、疲労の色が濃い。いや、何かの病気かと思うほどだ。だが、前に出会ったのは数日前。いきなりこんなに憔悴するものだろうか。
「誰かね……?」
しわがれた声がマルヴァの口から漏れた。その声に、アトは違和感を覚えた。アト達が来ることを、知らなかった?
アトは一歩前に出ると、マルヴァの顔が見える位置まで移動した。今まで眠っていたようで、その目はまだ伏せられている。
「ええと、私です。冒険者ギルドから調査のために来ました。アトとシアンです」
「ああ……。そうかね……」
マルヴァが閉じていた目をそっと開けた。アト達を確認すると、少しだけ顔をほころばせる。
「わざわざすまないね」
「いいんです。それより、そのご様子はどうかされたんですか? ご病気ですか?」
「ああ、いや、なに。病気ではない。<未来>の視すぎじゃよ……」
シアンはマルヴァの言葉に眉をひそめたが何も言わなかった。アトに先を進めるようにそっと肘に触れてくる。
「今回のモンスター襲撃事件のことですか?」
「ああ、やられたよ。まさか、ワシの<未来視>を逆手に取られるとは思わなんだ……」
未来を視ることができる<未来視>を、どうすれば出し抜けるというのか。いや、それよりもこの言い方だ。
「マルヴァさん、犯人、知ってるんですね?」
「ああ、知っておる……。死んだはずの魔女……アディリンじゃよ」
マルヴァは再び目を伏せた。その顔には、後悔と諦念が滲んでいた。




