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61話「おーるどまん」

 “老人”をここの牧場主であるギノスッスと仮定しよう。

 アトは心の中でそう呼ぶことに決めた。床に這うほどの姿勢は攻撃が通りにくい。


 アトは剣を構えながら歯噛みした。

 アーネスのことだ。まさか一緒に来るとは思っていなかった。アーネスの遣える魔術が何か確認していなかったのが痛い。魔術を放ってもらうのはいいが、こちらが巻き込まれるのは困る。

 アトの脳裏に、エンキのにやけた笑みが浮かんだ。たぶんこのへんの情報を確認しておくことも必要なことの一つとして試されていたのではないだろうか。こうやって困ることになるんだから、最初っから教えておいてよ、と思わないでもない。


 まずはアーネスが魔術を放つ隙を作らねばならない。エンキはああ見えてイドラをも抑えた武の者だ。“老婆”――“ギノスッス夫人”でもキッチリ抑えてくれるはずだ。


 ぐっ、と“ギノスッス”が体に力を込めた。来る。


「ああああああああッ!!」


 アトは吠えた。固くなった体を無理矢理動かす。

 冷静に。冷静に!

 踏み込む。前に飛び込む。


 ヤツの腕は長い。遠距離から攻撃を叩き込める半面、近すぎる距離には対応しづらいはずだ。

 選択するは刺突。炎を灯す目を狙って最短距離で突き進む。<剣術Ⅰ>の効果も相まって、流星のような軌跡で目標に向かう。


 “ギノスッス”の動きは迅速だった。腕を折りたたむようにして手首を捻るだけで、ノコギリを割り込ませてくる。

 ギャリンという金属音。手には嫌な衝撃。すっぽ抜けそうになるのを何とかこらえた。


 ゆらり、と“ギノスッス”の空いた左手が動くのが見えた。空気を切り裂いて振り抜かれる。

 衝撃。


「ぐッ……!?」


 視界がすっ飛ぶ。

 殴られた。いや、振り払われた程度なのか?

 痛みが来るのと、イドラを呼ぶのは同時。アトは壁ではなく実体化したイドラの体躯に受け止められた。助かった。壁に叩きつけられたらたぶん戦闘不能になる。

 イドラに感謝しながら、やられたお腹をさする。大丈夫。痛みはあるが、動けないほどじゃない。ただ、アトが吹っ飛ばされたということは。


「シアン! アーネス!」


「任せたまえ、アト! <機巧兵創造(ゴーレム・クリエイト)>ッ!!」


 ごそっ! と部屋が動いた。

 壁に掛けられている拷問道具が宙に浮く。床に固定されていた金属椅子すら力場に引きずられてひん曲がりながら引きずられている。材料が悪いからか、じゃっかん人型から離れつつも、壱号が形成されていく。


 それをただ見ている“ギノスッス”ではない。皺だらけの顔の口を全開以上に開けて咆哮すると、シアンの方に向かおうとする。それをアーネスが阻止した。


「炎よ!!」


 簡潔だが力ある言葉が放たれた。瞬時に生まれた炎の塊が“ギノスッス”を阻む。アーネスだ。


「よくやった!! 行け! 壱号!」


 歪な形をした壱号が完成していた。右手はハンマー、左手は大きなレンチ。短い足に長い頭とどっちがモンスターか分からない状態だが、大事な前衛だ。壱号が両手を振り上げながら“ギノスッス”へと突進していく。


「アーネス、巻き込んでいいからどんどん魔術撃つ! いい!?」


「わ、わかった!」


「イドラは動ける!?」


 もふもふした毛皮はいいクッションだった。身をはがすのは惜しいが、そう言っていられない。アトはなんとか体を起こす。

 イドラの巨体は部屋に対してやはり大きい。頭を上げると天井にぶつかりそう。自分の動きを確認するようにもぞりと動いた。


『動くことはできる。だが、素早く動くのは無理だ』


「じゃあ、そこから枝槍を!」


 味方に当たることを避けてだろう、イドラが細い枝槍を生成するのを見ながらアトは周辺を見渡した。何か<物体操作(キネシス)>で飛ばせるものは無いのか。めぼしいものは壱号の素材として使われている。大したものは見つからない。アトは剣を握り直した。


 “ギノスッス”は長い腕を振り回しながら壱号を叩き潰そうとしていた。老人らしく屈んだ姿勢なのに両腕の攻撃は恐ろしく激しく重い。ぶつかるたびに壱号の体勢が傾ぐのが見える。

 だが、ゴーレムと遊んでいるうちが好機。


「炎よッ!!」


 先ほどより大音声。気合いが入った一撃。アーネスが天井に届くかといった炎塊を生み出した。熱波が顔を打つ。アトは目を細めた。


 シアンは仁王立ちだ。不敵な笑みを浮かべている。「限界を越えようとすること」が好きなシアンのことだ。アーネスの行動にニヤついているに違いない。


 オオオオオオオオオオオオン!!


 炎塊がぶつかった音はかなり重かった。ドズンといった衝撃すら感じる音。“ギノスッス”の全身が燃え上がる。苦鳴の叫びがこだました。

 イドラの枝槍がそこに飛び込む。突き刺したあとは自身を燃料にさらに燃え上がる。枝槍が燃える匂いと煙が上がる。生の枝を燃やすと煙が出るものだ。

 アトたちは咄嗟に口もとを手で抑えた。エンキの方にも流れていきそうだが、どうにかしてもらおう。


 黒煙は一気に広がると、視界いっぱいを覆うように吹き上がった。

 もうもうと立ち込める煙で前も見えなくなる。


 これ、煙が出すぎじゃない?


 疑問に思った時には遅かった。誰かが叩かれる音。さらには金属が床を叩く音がする。

 閃光のように、いくつもの思考が飛ぶ。炎は効かなかったのか。体力が多いのか。そもそもレベル差がありすぎるのか。誰がやられたのか。生きているのか。


 シアンやアーネスが怪我をしている?

 アトは口から血を流して倒れている仲間を想像してしまう。


「シアン!? 大丈夫!?」


『主! 声を出しては!!』


 イドラがアトを突き飛ばそうと動いた。だが、うまく身動きができない状態では“ギノスッス”の方が速かった。


 アトの目の前に、すすけた老人の顔がいきなり現れる。


「――――ッ!?」


 伸びた右腕がアトの首を掴んだ。残った左腕でイドラの鼻先を叩き、一気に牽制して距離を取られる。


 こいつっ、このまま絞め殺す気!?


 ギリギリと容赦なく“ギノスッス”の右手は絞めてくる。

 咄嗟に拳を隙間に入れていなければ、今頃窒息して死んでいただろう。だが、相手の力が強い。アトは苦しさに顔を歪める。このままだと、拳ごと握り潰される。何か、手はないか。


 エンキの声がよみがえる。

 

 攻略するには、知識が必要だと。

 

 痛みとストレスとプレッシャーの中で、アトは選択した。

 <過去視(パスト・ヴィジョン)>をオンにする。

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