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60話「えるだりぃ かっぷる」

 過去など見るものではなかった。アトは今更ながらに後悔をしていた。


 迷宮(ダンジョン)には原型がある。

 森や石切り場、湖といったその場所における環境因子であったり、過去に実在した人や儀式をイメージのモチーフとして再構成されたパターンなのだ。

 アトはそう結論付けていた。


 おそらく、これも過去にあったことなのだろう。そうでないと、あまりに趣味が悪すぎる。


「なんだっていうんだ……。これは……」


 アーネスが青白い顔をしていた。それも無理はない。

 ここは、地獄だった。


 隠し階段を降りた先は地下室になっていた。床は何か黒い液体が飛び散ったようになっていて、ものすごく嫌悪感を催す。おそらく血だ。地下室にぶちまけられた量を考えると一人や二人じゃない。

 壁際に転がっている腕と思われる骨。その近くにはごろごろと大き目のガラス瓶が曇ったまま転がっていた。


 何かヘドロのような液体と個体の中間くらいで固まっているバスタブ。

 金属製の椅子。

 ハンマーやノコギリ。悪意のあるデザインをした大工道具のようなものが壁には掛かっていた。


 奥へ続く金属製の扉は固く閉ざされている。あっちがボス部屋だろうか。


 シアンが興味深そうに壁際の道具を見ている。アーネスはよろけた拍子にバスタブにへりに手をついてしまったらしい。嫌な顔をして拭っていた。


「エンキ、ここの持ち主だった人ってどんな人だったの?」


「オレが調べたところによると大成功した牧場主だったらしい。順調に大きくなっていったんだが、性悪領主に目をつけられたみたいでな。徴税と称して資産を取り上げられてたらしい。それに業を煮やした牧場主が罠を仕掛けまくったっていうのが歴史らしいが……」


「罠が多すぎる」


 珍妙な形の道具を調べていたシアンが、言葉短かにそう継いだ。みんなの視線がシアンに集まった。

 シアンはこの気味の悪い部屋を見て、どちらかというと感心した笑みを浮かべていた。


「どうやらここの持ち主は、他人のは見られたくない趣味をお持ちだったようだね。たぶんこれらは拷問道具だ」


 アトは椅子の【接合点(ノッツ)】触ろうと伸ばしかけていた手をひっこめた。視たくないものを視てしまいそうだ。


「ボクが思うに、もしかすると、豊富な資金源というのには、いわくがついていたのかもしれないね」


 空気が変わる。

 ぴくりとエンキが反応した。即座に腰の剣を抜き放つ。


 どうしたと聞くまでもない。ボスモンスターが出現する兆候なのか、気配が集束していくのを感じた。重く、禍々しい気配。心臓の鼓動が速くなる。


 ぎぎぎい、と音を立てて鉄扉が開いた。

 その扉の端を何者かの指が掴んだ。闇の中から出てきたのは、老人の顔だった。腕、体と続いて出て来る。


「こいつボスだ!! 下がれ!」


 エンキの声に、アト達は一斉に距離を取った。


 人型をしているが、まともな姿ではなかった。

 まずもってして全身が大きい。この一行の中で一番背の高いエンキよりさらに頭三つは大きいのだ。


 異様なのは腕だ。長いのだ。折りたたんだ肘が地面に着きそうなほど。まるでできそこないの人形のようだが、それが肉を持った人間として現れるとこうまで気味が悪いのか。

 眼球の代わりに、青白い炎を灯す顔は、まさに悪魔。


 異様に長い腕を伸ばして、老人は壁から拷問器具を取る。

 骨ごと切断できそうなノコギリだ。大きさからして、叩きつけられただけでも十分な威力だろう。


 アトは周りを見渡した。違和感があるのだ。


「シアン、多分もう一体いる。私が視たのは『老夫婦』だった」


 老人がボスモンスターになっているのなら、老婆がセットになっているはずなのだ。


「いっ……ひぇ!?」


 アーネスが悲鳴を上げた。さっきまでは何もいなかったはずだ。見れば隠し階段をゆっくりと降りて来る老婆の姿が見えた。村にでもいそうなスカーフを肩に巻いた老婆の恰好なのが、よけいに恐ろしい。

 その両目はやはり青白い炎となっている。手には包丁。ここに来るまでは何かを切っていたのか、赤黒い液体が滴っていた。


「二体セットのボス……!」


 挟まれている。

 イドラを呼ぼうとして、アトは詰まった。見ればシアンも同じような顔をしている。

 この地下室、思ったより天井が低く、イドラを呼べば詰まってしまう。同様の理由で弐号くんも呼べない。

 “老人”はまるで蜘蛛のように体躯をかがめ、這うようにしてゆっくり向かってきていた。あれなら低い天井も問題あるまい。


「オマエら、爺さんをやれ。こっちの婆さんはオレが相手をする」


 エンキは剣先を“老婆”の方へ向けると、相手の包丁が届かない間合いを取った。老婆の顔がエンキを向く。眼球が炎のため視線はわかりにくいが、エンキを認識したらしい。


 アト達はようやく動いた。エンキが動いたことで、とりあえず老人に向かうことに意識を向ける。


 アーネスは魔術師。シアンが壱号を造るまでの時間稼ぎが必要。

 なら、アトが出るしかない。

 そう判断してアトは“老人”との距離を詰めた。“老婆”と同じように老人が顔を向けて来る。視線を感じて震えそうになる足に喝を入れた。

 よく見ろ。しっかり見ろ。集中だ。


 エンキが任せたということは、必死でやればアト達で対処できるってことだ。

 獣のような“老人”の呼気を聞きながら、アトは前衛に立った。

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