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58話「あ かっぷ おぶ すーぷ」

 アトとシアン、そしてアーネスはボロボロになっていた。


 服は一部焼け焦げ、煤まみれになっている。正直脱ぎたい。インナーとして着用している鎧代わりの“水獣衣”は無事なのだが、上に着ている服を脱いでしまうと、裸並に恥ずかしい気がする。しょうがないのでアトはボロボロの服のまま着ていた。

 アーネスのロングコートは無事なようだ。旅に出たり迷宮(ダンジョン)に行く時の装備らしい。アトの水獣衣のように丈夫な素材で出来ている。

 不思議なのはシアンだ。白衣の裾は爆弾罠に巻き込まれた時にボロボロに焦げている。自慢の金髪も煤で汚れているが、美人は汚れていても綺麗に見えるものなのだと思い知らされた。


「ホント、よくここまで来れたもんだな」


 疲れて地面に座り込んでいるアト達に、エンキが呆れたように声を掛けた。


「アンタがやらせてるんでしょうが……!」


 大声を出すつもりだったが、疲れのせいかぜいぜい言うのが精いっぱいだ。

 それもそのはず、<ギノスッス牧場>の奥の層、ここまでアトとシアンとアーネスの力のみでクリアしているからだ。

 トラバサミなどと言う可愛い罠は初めの方だけで、後半には爆発する罠、煮えた油が落ちて来る罠などが目白押し。連動するようにモンスターも現れる。イドラを召喚して押しとどめつつ、罠を解除するという流れが基本になっていた。


「いやいや、正直驚いているんだぜ? オマエらのレベルじゃあここまでやれるはずないんだがな」


「はえ? ここのモンスターってレベルいくつなの?」


「この辺はだいたい20そこそこだな」


 アトは絶句した。

 アトのレベルは9。二倍以上の差がある。死ねと言うのか、この筋肉野蛮人は。どうもアトの表情に出ていたらしい。エンキが肩をすくめた。


「殺す気はねえよ。危なくなったら救けに入るつもりだったしな。前の言ったろうが、失敗したところからが教材だと。ところがオマエら、どんな手品使ってるかしらねえが、ぎりぎりクリアしていくんだからよ。逆に驚きだぜ」


 モンスターのレベルはイドラがいるからなんとか倒すことができた。

 罠の位置はアトの<過去視(パスト・ヴィジョン)>で分かる。アトの<物体操作(キネシス)>なら物理的な罠は固定できる。

 天才と言うだけあって、シアンなら罠の解除もお手の物だ。戦利品とか言っていくつかを楽しそうに持っている。どこで使うんだろうあれ。

 アーネスが役に立ったのは毒物や薬物の罠だ。彼の持っている解毒や耐薬の道具が無ければ危なかったのも事実だろう。


 そもそもこれだけ罠を踏み抜くのが普通じゃないらしい。エンキが小ばかにした顔で言うのが腹立たしい。

 休憩のために設営した小キャンプ。たき火から鍋を下ろすと、作っていたスープをエンキが差し出す。


「ほらよ。腹に入れとけ」


 正直お腹は減っていた。奪うように受け取ると、火傷しないように食べる。美味しいのが悔しい。

 人間お腹が満ちれば怒りも半減するものだ。スープのお代わりをするころには、アトの気持ちは落ち着いていた。


「それで、エンキの探してる“鎧馬(アーマーホース)”ってどこに出没するの? これまでは見かけなかったよね?」


「あれはここのボスに相当するモンスターだ。この先進むと二又に道が分かれていてな。広い放牧エリアと牧場主の母屋だろう建物だな」


 エンキはスプーンで道の先を示す。確かに二つに分かれていた。石畳の道と地面の道。


「母屋の方に行くと人間型のボスモンスターと護衛の“鎧馬(アーマーホース)”が出現するっていう仕組みだ」


「人間型……。ここの牧場主ですかね」


 アーネスがおずおずと切り出した。アーネスはエンキに対して腰が引けている。敬語になるらしい。

 エンキは頷いた。


「おそらくそうだろうな。顔は分からねえが大型の三又のフォークは牧草を運ぶやつだからな……」


 パチリと焚き火の炎が爆ぜた。

 ゆらゆらと不規則に揺れる炎の先端をじっと見つめるうちに、別の物が見えてくる。

 何本も何本も吹き上がる黒の腕。まるで死の国から呼び出されたような。生きる者の雫を汚すような腕。


 牧場主も、あの“腕”に囚われたのだろうか。


「エンキ……。ひとつ聞いていい?」


「何だ?」


「“ナユの腕”って知ってる? 捕まると、迷宮(ダンジョン)のボスモンスターにされちゃうらしいんだけど……」


「“なゆ”の腕ェ? 聞いたこたぁねえな……。ホントなのかソレ。そもそも“なゆ”ってのは何だよ」


 エンキの片眉が上がる。そうだろうとも。アト自身よく分かっていないのだ。エンキでも知らないとなると、お手上げかもしれない。


 ふと、アーネスが顔を上げた。


「どこかの魔術書で見たことがある……気がする。今から古く数千年前の“旧石の民”語にたしかそんなものがあったような……」


「――――“天秤の神ナユ”。世界の均衡を保ち、滅びと再生を監督すると考えられた神さ」


 器の中身をかき混ぜながらシアンが呟いた。その目は焚き火を見つめていた。

 視線が集まるが、シアンはそれ以上何も言わなかった。残りの説明を残ったスープと共に飲み干して、立ち上がる。


 シアンは、何か知ってるの?


「行くとしようじゃないか。ここからは君が捕まえ方とやらを見せてくれるのだろう? 野蛮人くん」


 そう言ったときには、すでにいつもの彼女だった。

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