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57話「わいるど ふぁーむ」

 木で造られた簡易な柵は、ざっくりとフィールドを区切っていた。野放図に生えている牧草が、人の手の入っていない荒涼さを醸し出していた。

 ところどころ荒れた石造りの道や、建物の廃墟といったものも見られた。まさに、見放された牧場といった風情。


 <ギノスッス牧場(パスチャー)>。


 イノシシ、牛、馬、そういった形に近いモンスターが多いため、そう呼ばれているらしい。さっそく出てきたモンスターはイノシシ型。数匹まとめて出てきたが、またたく間にエンキが倒してしまった。イノシシは塵へと還り、大きなお肉が残される。

 エンキは自分の剣が刃こぼれしていないことを検分すると、鞘へと戻した。あのイノシシも、集団でかかってくると圧倒される。パワーと重量を完璧にいなしての勝利。エンキはレベルに見合う強さがあることを改めて思い知らされる。


 エンキがこちらを向くと、困ったように頭を掻きながら口を開いた。


迷宮(ダンジョン)を攻略するのに必要なのは何か、オマエら分かるか?」


 ぶっきらぼうなのは照れ隠しなのだろう。アト達を鍛えるというマルヴァの依頼を、エンキなりにこなそうとしているらしい。


 さて、迷宮(ダンジョン)を攻略するのに必要なもの?

 もちろんレベルや技能(スキル)といった強さじゃないだろうか。アトは生徒のように手を挙げた。しゃべってみろ、とエンキがアトを指す。


「レベルや技能(スキル)じゃないの?」


「もちろんあるにこしたことはないな。道中で出るモンスターにやられてしまっては意味がない。だが、それだけじゃない。上級の迷宮(ダンジョン)に行けば気付くんだが、低級では分からないだろうなあ」


「何が言いたいの?」


「んじゃ、実践といこうか。おい、アト。ちょっとそこをまっすぐ歩いていってくれないか?」


 エンキはにやにやと笑いながら、フィールドの向こうを指した。見たところ何もない。荒れた放牧場があるだけだ。奥の柵まで行けということだろうか。

 疑問を持ったまま歩き出すと、アトは地面にいくつかの【接合点(ノッツ)】が輝いていることに気付いた。ぼんやりと鈍い輝きだが、点々と存在する。どうも生えっぱなしの牧草の下から見えているらしい。

 アトはしゃがみこむとそっと牧草をかき分ける。


「…………」


 そこにあったのは凶悪なデザインをしたトラバサミだった。踏んだ瞬間に両側から歯が迫り、足をガッチリと挟み込むやつだ。アトはそっとトラバサミに触れた。


 ――――

 私は空を見上げている。

 そうと言っても、牧草に隠された空からは、かすかにしか太陽光は見えない。

 しばらくすると、がやがやと声が聞こえた。誰かが近くを通りかかったのだ。


「お! そっちへまわれ! 逃がすなよ! 肉がドロップしたらひとまず休憩は豪勢にいけるからな!」


「わかってるって!」


 どうやらイノシシを追いかけているらしい。回り込むためにどすどすと重い足音を立てながら走っているのが分かる。

 どんどん足音は近付いて。


 足が上から降ってきた。

 踏まれた瞬間に私は叫び声を上げた。ガシャァアン。

 噛んだ感触で分かる。発条の力を十全に生かし、一撃で骨まで砕いた。歯は肉を裂いてずたずたにしたまま食いついている。


 男の悲鳴がとどろいた。


 ――――


 …………。


 罠だ。

 たぶん、向こうと、あっちに光っているのも同じトラバサミだろう。イノシシを捕らえるための罠なのか、迷宮(ダンジョン)にやってきた者を捕らえるための罠なのかは分からないが、凶悪にも程がある。

 アトは立ち上がるとエンキを睨みつける。


「まさか、踏ませようとしたの?」


 アトは<物体操作(キネシス)>でトラバサミを持ち上げた。シアンの眉がぴくりと動き、アーネスが口をあんぐりと開ける。


「こんなもの踏んだら足が一発でやられる。戦うのも逃げるのもできなくなるよね? 一体、何のつもり?」


 アトの怒りのこもった声を出した。返答によってはこのままトラバミをぶつけてやるつもりだ。

 だが、エンキは飄々と肩をすくめた。悪びれた様子もない。


「いや、踏むかな、って思ったんだがな。なかなか勘はいい方か」


「アンタねぇ!」


「耳で聞いた話なんざ十聞いて一も役に立たん。踏んで怪我でもすりゃあ、ちったあ身になるだろうさ。ポーションもある、他の敵影なし、致命傷にもならねえんだかよ。迷宮(ダンジョン)攻略の力なんてものは、傷と鍛錬を積み重ねてようやく手に入るもんだ」


 エンキの言葉には圧力があった。まさに、積み重ねてきた重みだ。思わずアトは口をつぐんだ。


「まあ、分かったろ。いかに力だけが強くても迷宮(ダンジョン)はクリアできねぇ。上級は低級と違って、罠が仕掛けられていることもある」


「つまり野蛮人くん。そういう罠の知識がボクたちには必要、ということだろうか?」


「罠だけじゃねえな。出現するモンスターの傾向、攻略方法、その迷宮(ダンジョン)の立地や条件。さらには歴史背景もだな」


 ”力”と”知識”。

 迷宮(ダンジョン)を攻略する上で必要なのだ。事前にどれだけ積み重ねたかで、決まる。もちろん冒険者自身が覚え、情報を収集していもいい。しかし、何のために専属受付員がいるのか。そういった知識を調べたり、検討するのも込みの受付員の仕事なのだろう。


 エンキの視線が素早く動いた。いくつか止まった場所は、アトが【接合点(ノッツ)】を視ている場所と一致する。どうやっているのか分からないが、エンキは正確に罠の位置を見抜いていた。これも知識なのだろうか。


 ぶるるるう、と荒い鼻息が聞こえる。いつのまにかイノシシが近付いていた。

 エンキが拾った石をぶつけて自分の方を向かせる。逆上したイノシシの突進を、エンキは罠の方へと誘導した。

 イノシシはトラバサミに足を取られて身動きが取れなくなった。そこを嬉々としてトドメを刺す。


「知ってりゃあ、こういうふうに利用もできる。まあ、オレが知ってる“知識”は教えてやるよ。失敗して手や足を失うならそれまでだろ。命だけは残してやるからさ」


 エンキは野蛮な笑みを浮かべた。おそらくエンキの持つ技術は一級品だろう。身に付けるために手加減をしてくれそうにないのが恐ろしい。

 うへえ、とアトの口から女の子らしからぬ声が漏れた。

<蛇足>

<ギノスッス牧場>。


 かつて広大な牧場を支配していた大農場主ギノスッス・ラクシャー。あまりにも稼ぎすぎたために、ザッスリア地方領主は無理矢理徴税を行おうとした。もちろん私腹を肥やすためだ。

 初めは素直に渡していた農場主だったが、度重なる徴税に堪忍袋の緒が切れた。


 徴税のためによこした兵が帰ってこない。様子を見に直接出向いた領主は、トラバサミなど、様々な罠に掛かり身動きができなくなったせいでモンスターになぶり殺しにされた兵を見つける。惨状に口もとを押さえながらギノスッスの住処に辿り着く。彼は待っていた。


「おやあ、領主様。どうやら罠に、運悪く、かかってしまったようですなあ。私の財産を狙うモンスターがいるようでして、対策のために罠を張っていたのですけどねえ」


 ギノスッスは笑っていた。領主は凍り付く。感情が振り切れた、その底知れぬ笑みに。


「仕掛けすぎて私自身どこにあるのか分からなくなったのが難点でしてね。領主サマも、くれぐれも、お帰りは気を付けて」

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