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56話「のう いーち あざー」

 ザッスリアへ向かう道をひたすら進み、中継拠点となる中規模な町で一泊。そこから商人たちのキャラバンと別れて違う方向へと向かう。

 収穫前の麦や作物が風に揺れていた。すでに収穫は始まっているのだが、種を撒く時期をずらすことによって、収穫の時期をずらしているのだ。一気に獲れても処理しきれない。順番に扱えるようにするのは、農家にとって普通だった。


 ふわりと土の匂いがする。懐かしく思う気持ちは、そっと胸の奥に閉じ込めた。


 このあたりは広大な森林地帯となっている。ただ中央都市(セントレア)周辺の太陽も遮る鬱蒼とした森ととは違う。間隔広く、まばらに木々が立っている森なのだ。

 いつしか荷馬車は道ではなく、地面を踏んでいる。ぎしぎしと車輪が悲鳴を上げながら進む。手綱を持つエンキが、渋い顔をした。


「どうしたの? 困ったことでもあった?」


 アトは御者台に身を乗り出すと問いかけた。エンキはかぶりを振った。


「道が悪くなってんだ。おかげでガタガタ揺れやがる。もしかするともう少しで馬車を乗り捨てなかきゃならんかもしれんな」


 苦い顔でエンキが言う。木々が密集していないために、馬車で進むことができる。だが、そもそも馬車は整備された路面を走るものだ。せめてしっかりと固められた地面の方が良い。森の中を進むように設計はされていない。

 それを言うと、エンキは頷いた。


「その通りだ。つまり何が言えるかっていうと、今から行く迷宮(ダンジョン)は最近人の出入りが無いってことだな」


 しばらく進むと馬車は立ち往生した。中途半端なぬかるみが車輪を捕まえて離さない。ずるずる滑るばかりのそれに、エンキは見切りを付けたらしい。

 馬装を外すと馬たちを自由にしてやる。もったいないけれど、ここでつないだままというのも酷い話か。


 荷馬車はそのままに、持ち運べる荷物を背負う。


迷宮(ダンジョン)に潜るなら、準備が重要なのは分かるな? どれだけ食料がいるのか、ロープなどの補助道具がいるのか、毒消しや回復ポーションはどれくらい必要なのか。体力も無限じゃねえ。必要な物と持ち運ぶ体力のバランスを考えるんだ」


 ずうん、ずうんと重い地響きを立てているのはシアンだ。弐号くんを召喚して、自分の重い荷物を運ばせている。そのまま自分も弐号君の腰辺りに付け加えられた座席に座っていた。

 エンキがその様子を指差す。


「あれは例外だ」


「なんだい。使えるのだからいいじゃないか」


「ま。小回りの利く個人用の乗騎を使うっていう手もあるな。荷物を多く運ぶなら牡牛型がおすすめだ」


 まばらだった木々が見えなくなり、ぽっかりと空いたような場所に出る。自然にそうなったのではない。切株がいくつも見えることから、誰かが切り拓いたのだ。

 その切株をエンキが調べていた。


「これが見えたってことは目的地が近いな……」


 そのセリフが聞えたころには、ソレが見えていた。木造のしっかりした建物。敷地を仕切るように木製の柵が設置されている。ぐるっと取り囲む柵は、外敵を入れないようにというよりは、外に出さないためのものなのだろう。だが、間隔の大きさや、出来の悪さから見て、家畜用の柵だ。

 その家の形状や柵から、ここはどうやら牧場なのだと推測できた。


「牧場みたいだろ?」


 いつのまにかアトの隣に来ていたエンキが言う。狼頭帽子で袋を背負っていると、牧場を襲いにきた山賊にしか見えない。言わぬが花というやつだろう。


「よし。到着だ。これが騎乗に適したモンスターが多く生息する迷宮(ダンジョン)。<ギノスッス牧場(パスチャー)>だ。ひとまずここで“鎧馬(アーマーホース)”を捕まえるのが目標だ」


 エンキが示したのは木造の家だ。その両開きの扉は少し空いているような気がした。街中の迷宮(ダンジョン)の時にあった『封印の鎖』はそこには無い。

 疑問の表情を見てとったのだろう、アーネスがしたり顔で解説する。


「ここはフリー迷宮(ダンジョン)というやつだね。鍵のかかっていない迷宮(ダンジョン)だから、誰でも入ることができる。こういうところには冒険者だけでなく、それなりに力をもった個人が来ることがあるんだ」


「あとはザッスリア王国の軍とかだろうね。どうやって調教しているのかは分からないけれど、モンスターによる騎馬部隊は一見の価値があるとボクは思う」


「ま、この道の状態だと、アイツらも最近は来てないようだな。チャンスだ」


 アイツらというのはザッスリア王国の騎士団なのだろう。

 道にしゃがみ込んで調べていたエンキが立ち上がる。何かの痕跡を調べたのだろう。アトには何だかとても役に立ちそうな技に見えた。


「エンキ、一流の冒険者になるにはそういったことを調べる技能がいる?」


「あぁ~。ま、できるにこしたことはねえよ。だが、ぶっちゃけた話な。迷宮(ダンジョン)に潜るなら複数人で潜る方がいい。それぞれが修めた技能(スキル)ってのは幅があるし、得手不得手もある。その中でぴったりはまるようにパーティを組むのが効率いいと思うのさ」


 エンキは迷宮(ダンジョン)入り口の扉を開くと、中をそっと確認した。急に何かが出て来るということはない。目線でシアンに合図すると、シアンは弐号くんを消した。その巨体では迷宮(ダンジョン)の入り口を通れない。


「まずは自分に何が出来るのかを知るってのが、オレぁ大事だと思う」


 言いたいことは言った。そんな風にエンキは迷宮(ダンジョン)の入り口をくぐっていった。すぐにその背中が見えなくなる。

 アトはエンキが言ったことを考えた。シアンとはよく組んでいるし、それではだめなのだろうか? 

彼の言うことはよくわからない。アトは首をひねりながら迷宮(ダンジョン)の入り口をくぐった。

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