55話「あ きゃらばん」
早朝の空気は清々しい。アトは胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んだ。
夜の端がめくれようとしていた。薄皮をはがすように、紫、そして朱色へと変わっていく。もうしばらくすれば夜も開けるだろう。
早朝の西門はアトが思ったより人であふれていた。その多くは商人である。荷台には多くの物資を載せている。日用品が多く、道具などの加工品も多く見られた。芸術品や美術品などもあるのだろうが、おそらく冒険者が賑わう昼頃の出発になるのだろう。今は姿が見えない。
ザッスリアは食糧大国とよばれるほど穀物の生産量が高い。そこで仕入れた大量の食料を売り、その売り上げで買い込んだものを持って帰るのだ。
アトはここに来る前に冒険者ギルドに寄っていた。一番活発なのはお昼頃だが、どの時間帯でもギルド自体は開いている。急な依頼や緊急事態にも対応するためだ。
<アディリン魔術洞>の依頼をクリアしたことについてアンセスに報告してある。仮眠室で仮眠していたらしいアンセスを叩き起こしてもらい、マルヴァからもらった巻物を渡してきた。これでどうやら申請ができるらしい。新しい冒険者ライセンスができるまではもう少しかかるということで、アトとしてはこれで憂いはない。シアンの分もついでに申請してある。
荷馬車の群れをアトが眺めていると、眠そうな顔をしたシアンがやってきた。
「ふああ。思ったより人がいるものだね」
「早朝から昼にかけては一番モンスターが出現しないらしいよ。さっき商人のおじさんが言ってた」
「なるほど。冒険者も雇わず自力で行くなら出来るかぎり安全な時間帯にまとまって、ということなのだね」
シアンが納得したように頷いた。見れば正門の管理担当者が走りまわり、積み荷のチェックと出街許可証を配って回っていた。
だいぶ空も白んできたころになって、ようやくエンキがやってきた。質素な馬車の御者台に乗っている。簡素ながら幌で出来た屋根もついているタイプだ。
エンキは革鎧を再び身に付けていた。毛並の茶色い狼の頭部がくっついた毛皮マントをその上から羽織っている。どこから見ても山賊のスタイルにしか見えない。
「おう、ちゃんと来てるじゃねえか。来てなくてもよかったんだぜ? 何しろ面倒くさいからな。ったく」
ふああ、とエンキは大あくびして荷馬車をアトとシアンの前に止めた。顎で乗るように示す。アトとシアンは荷台に乗り込むことにした。
荷台には簡素な木箱と何かが入った袋。荷台の広さにはまだ余裕があり、アトとシアンの荷物を置いても余裕があった。
あとは干物のようになったアーネスが転がっていた。
「野蛮人。ここに干物が転がっているが、これはどうしたんだい? ボク達は知らないうちに人さらいになったのかね?」
「野蛮人って何だよ……。ああ。コイツはなんかマルヴァの爺さんがそいつも連れてけって言っててな。まあ、荷物運びくらいには役に立つだろ?」
「いや、気になってるのはどうして干物みたいになってるかってことなんだけど」
アトは指先でアーネスを突つきながら問いかける。エンキは皮肉げな笑みを浮かべた。
「いや、家で寝てるところをこっそり忍び込んで連れてきたからな。まだ心の準備ができてねえんじゃねえか」
ひどくない?
ともあれ、しばらく見ていてもアーネスは動く様子はない。うめき声が聞こえているのでうなされて寝ているだけなのだろう。ひとまず放っておくことにする。
その間にエンキが正門管理官と何やら話を付けたようだ。笑顔で出街証を受け取っている。
「しばらくは商人集団と一緒に進む予定だからな。途中で別れて迷宮に向かう。いいか、長々と講釈たれる気はねえからな? こっちが従魔の補充を終えるまでだと思え」
エンキはそう言うと、あとはマルヴァに対する愚痴を小声で垂れ流し始めた。やはり何かの弱みを握られているらしい。
見た目は山賊で髭も生えているけれど、エンキは強い。イドラと戦った時にアト達を守ってくれたのはエンキなのだ。レベルという概念で言うと、追いついていなかったはずなのだ。だがその差を覆し、やりあっていた。
学べるというのなら、チャンスなのだろう。アトは切り替えることにした。
「んん? でも、“円旗”って称号だよね? あなたのことは何て呼んだらいいの? エンキって呼ぶのも変じゃない?」
アトの問いかけに、エンキは顎に手をあてて考え込んだ。
「まあ、そのままでかまわん。どうせ少しの付き合いだしな」
「ふむ。分かった。野蛮人というのはやめて蛮族と呼ぶことにするよ」
「オマエは、オレに、何か恨みでもあるのか?」
エンキはシアンを睨みつけるが、効いた様子はない。シアンはさっさと荷馬車の奥に潜りこむと、持ってきた荷物と毛布を使って簡易な寝床を造り出す。どうやら朝早かった分寝直すらしい。
時間だ。
西門がめきめきと悲鳴を上げながら開いていく。大きな門は馬車がすれ違えるほどの幅がある。広がった街道に向かって、多くの馬車が行儀よく出発していった。ザッスリアへ向かうのだ。
エンキがため息ひとつこぼして、手綱を握った。アト達を乗せた荷馬車も、ゆっくりと街道を進み始めた。




