54話「ないと おぶ さーくる ふらっぐ」
<アディリン魔術洞>での出来事からすぐ、アト達はマルヴァの館に連れてこられていた。
迷宮の方ではない、マルヴァが生活しているという意味での屋敷だ。魔術師ギルドからは離れ、高級住宅街の一角に住居は構えられている。
「お金持ちって……すごい」
「いい目標になりそうかい?」
「ううん。何をどうすればこれだけ稼げるのか見当もつかないし」
アトとシアンは思わず軽口を叩いた。
目の前に広がる風景はそれほどショッキングだったのだ。
豪華なつくりの外観は言うに及ばず、内装も隅々まで手入れが行き届いている。調度品はどれもが高級品だと思われる光沢を備えていて、触れることすらこわい。
さっきからアーネスがガッチガチになって動きを止めているのはそういう理由からだろう。
しかし、噂には聞いていたが、メイドさんという存在を初めて見た。てきぱきと動いてアト達の前に飲み物を置いてくれる。紅茶だろう、たぶん。おいしそうな匂いはするけど、何か見当がつかない。
よくわからないくらいでっかいテーブルを囲んで、何人かが席に着いていた。
アトとシアンは隣同士に、おまけのようにアーネスもその横に座っている。対面にはヨサ叔父さんだ。主催者の位置にはマルヴァが座っていた。
もう一人、なぜにここにいるのかわからないが、エンキが着席していた。室内だからかさすがにあの野蛮鎧は脱いでいるが、髭がむさくるしい。
エンキはアトとシアンの姿を見つけると、何か苦い物でも食べたような表情になった。
そういえば、あの時失った従魔はどうなったんだろうか。
「さて、いろいろ気になることもあることじゃろうなあ。聞きたいことがあれば聞くがの?」
「マルヴァ様はあまり体調がよろしくありません。手短にお願いします、皆さま」
にこやかなマルヴァに対し、ぴしゃりと言い切ったのはメイドだった。よく見ると他のメイドと服の意匠が違う。もしかすると秘書的な役割があるのかもしれない。クール系のメイド長さんは、出来るお姉さんといった感じだ。その怜悧な視線が一同を見る。
しばりお互いを窺う視線が飛び交ったが、気になっていることがあるアトから発言することにした。
「あの女の人は……一体何なの?」
「あれはアディリン。百年ほど前の魔術師じゃよ。もちろんすでに死んでおるが、あの腕自体はどういうわけか生きておる。幻で人を呼び込んだり操ったりしよるのじゃ」
アトは迷宮での自分を思い出した。どうしてアディリンについて行こうとおもったのだろう。岩壁の幻も含め、彼女の罠だったのかもしれない。
「まあ、死したあとも危険なもんでな。ああやって封印して弱らせておったんじゃよ。ま、近付かなければよい。君達はこれが欲しかったんじゃろ?」
マルヴァが手を差し出すと、メイドがすっと巻物を二つ置く。マルヴァはそれをアトとシアンに差し出した。受け取って広げてみると、<アディリン魔術洞>でのクエストを完了した旨が書かれている。学長としてのマルヴァのサインが入っているので、公的な有効力を持つだろう。
「本当にあそこは危ないからのう。もう近付くんのはよしておくのじゃ。ま、悪い大人でもおらんかったら、入ることは無かったと思うんじゃがのう」
ぎらりと眉毛で見えない目が光った気がした。視線で一直線に刺されたヨサ叔父さんがそっぽを向く。
雑な生徒の管理、途中で消えても気付かない魔導師たち。そして救援がすぐに来た事。
アトも半眼の視線を送ると、目に見えてヨサ叔父さんが汗をかきはじめた。
やはりヨサ叔父さんが裏で手を回していたらしい。アーネスが制服ローブを持ってきただけで入れるなんてことは普通はありえないのだ。
「マルヴァ氏、急な呼び出しに応じたのです。そろそろ説明をしてほしいと思うのですが……」
場が止まったと思ったのか、横から声をかけたのはエンキだ。
見た目にそぐわない丁寧な口調で問いかけている。マルヴァの眉毛が片方上がった。
たしかにエンキが呼ばれた理由がよくわからない。
マルヴァは一息つくと、切り出した。
「おぬしの力で、しばし彼女らを指導してやってほしいのだ。迷宮探索のいろはを叩き込んでほしいのじゃよ」
「……私の職務をご存じでしょう?」
「左様。知っておるとも。民を守る盾。守護の騎士。ザッスリアより派遣された監督騎士様じゃ」
アーネスが蛙がつぶれたような声を出した。珍しくシアンが驚いた表情をしているのが希少だ。
アトはよく分かっていなかった。こっそりシアンの袖を引っ張る。小声で話せるようにシアンに顔を寄せた。
「監督騎士って何?」
「単独で事件を調べたり犯罪者を裁いたりする権限を持つ騎士のことだよ。ザッスリア王家より任命された監督騎士はかなりの権限を与えられている。外交官というか、治外法権というか。その代わり中央都市に有益になるように犯罪を取り締まる役目を職務としてこなしている」
「それで、ロブフェットを追いかけてたんだね」
「おそらくエンキというのは彼の名前じゃないね。監督騎士を示す称号、そしてザッスリア王家より円形の旗を贈られることから、“円旗”と呼ばれるんだから」
「へぇえ。人は見た目によらないってことなんだねぇ」
改めてエンキを見る。やっぱり髭はむさくるしい。そういうすごい役職にあるのなら、見た目もきれいにすればいいのに。
アトとシアンがこそこそと会話しているうちに、マルヴァとエンキの間でも何事かの話し合いに決着がついたらしかった。苦いを通り越して眉間の皺が固定されるレベルのおもしろい顔になっていることからも、マルヴァの依頼を断りきれなかったことが覗える。このおじいちゃんに何か弱みでも握られているのだろうか。
それでも何とか抵抗しようと、エンキは弱々しい口調で訴えた。
「マルヴァ氏、私は先日迷宮で失った従魔も補充しなければならないのですが……?」
「うむ。それはよい。従魔捕獲に連れていくとええじゃろ。路銀は用立てよう、すぐに出立するとええ。君らもこんな機会はあまりないぞい。おおいに勉強するといい」
とうとうエンキは両手で顔を覆ってしまった。
アトとシアンは顔を見合わせる。冒険者ライセンスはエンキの方が上だ。教えてくれるのならすごく助かるし、ライセンス昇級につながることだろう。エンキには悪いが。
「明日の朝一番出立するといいじゃろ。用意は早めにな。またお土産話でも聞かせておくれ」
ふぉっふぉっふぉと朗らかに笑うと、マルヴァはこの話を決めてしまった。まだ、受けるとも何も言ってないのになあとも思うが、せっかくの機会だ。逃がす手もない。
これで話は終わりというように、マルヴァが立ち上がる。少しよろけるが、メイドがその体を支えた。
「ヨサ君。君は後片付けじゃよ。分かっておるな?」
「…………分かってますよ、学長」
ヨサ叔父さんが立ち上がった。
ん? 叔父さん、ちょっと緊張してる?
気にして見ていると、視線に気付いた叔父さんがアトに微笑んだ。その時にはもうさっきの雰囲気は消失している。気のせいだったのだろうか。
「はぁ……。明日朝一番の馬車を使う。準備して西門集合しろ……」
まるで幽霊じゃないかという雰囲気でエンキが言った。迷宮に潜るため遠征することもある、いつでも出られるように荷物はまとめてあるのだ。アトは補充するべき物資を頭の中で算段しはじめた。




