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51話「いんぷりずん そうる」

 青く輝く女性は美しい人だった。アトよりは年上だろうか。ちょっと幸が薄そうな陰りのあるタイプの美人。どこかの王族に囚われて窓から外を見つめているような雰囲気がある。まっすぐに伸ばされた髪の毛はまるで流水のようにまっすぐで、細い輪郭に触れるようにしてさらりと流れていた。両手を前で組み、地面を見つめる姿はまるで迷子のようだった。


 アトは青く輝く女性をまじまじと見つめた。ほのかに光を放つその姿。うっすらと反対側の風景が透けているところからも、幽霊としか思えない。

 しかし、アトはこれまで幽霊を見たことがない。人が死んだところを<過去視>で見たことはあっても、それ自体がこうやって形を見せるなんて例はついぞ無かった。それとも、アトが知らない幽霊系のモンスターだろうか。そうだったらちょっといやだなあと思いながら、しばらく観察するがアトに反応するわけでもない。


 とりあえず、呼びかけてみることにする。


「ええと、もしもし。聞こえますか~?」


 反応は劇的だ。跳ねるように視線が持ちあがると、アトを“捉える”。

 そのまま彼女は自分の両手を持ち上げるとまじまじと見つめた。まるで実在を確かめるかのように、お腹、足と確認していく。そこでようやくアトと向き合った。


『――――。――――? ――? ――!!』


 彼女は何事かを喋ろうと口を動かしていた。ぱくぱく口を動かすが、その喉が空気を震わせることは無い。必死に話しかけてくれているのは分かるのだが、聞こえないのだ。しばらくやってみるが、伝わらないことが分かって、彼女は落胆した表情になった。

 触れてみれば、何か分かるかもしれない。アトは手を伸ばそうとした。


「アト。さっきから君は何をやってるんだい?」


「おわッ!? びっくりした」


 気が付けばいつの間にかシアンが真後ろにやってきていた。彼女はシアンとアーネスには見えない。さっきから変な行動をしているとしか思われないだろう。


「だいじょうぶかい? さっきの戦闘で何か変なガスや胞子を吸った? 幻惑の魔術でもあたったのかい?」


 シアンはアトの体をぐるぐる回しながら確かめる。首筋や手首に傷がないか、まぶたを引っ張って目を見たり口の中を見たりと異常がないかを確かめる。


「いや、大丈夫! 何かやられたとかそういうことじゃなくて、やっぱりシアンは見えない?」


「ボクには何も見えない……。アトには視えているんだね?」


 女性を指し示すがやはりシアンは見えていないようだった。女性の方はシアンが見えているようで、苦笑を返している。


「うん。ここに女の人がいるんだけれど……。なんかこっち来いって言ってる」


 女性は壁際まで移動すると、ある一点を指差した。かと思うと、その壁の中に吸い込まれていく。


 アトはシアンと共に彼女が消えたところまで移動する。ただの岩壁に見えたが、手を触れてみると感触がない。岩壁に手が吸い込まれた。


「……!」


「何だこれ……。見えてる岩壁は幻?」


 追いついたアーネスが驚いた声を出す。アトとシアンは顔を見合わせた。一瞬迷ったが、先を確かめずに引き返すのも気になる。できるかぎり警戒しながら、おそるおそる岩壁の中に入っていく。まるで布を押すような感触がして、アト達は岩壁の幻を通り過ぎた。


 その先は風景が一変していた。

 薄暗いのは変わらないが、人工的な匂いがする。これは、どう見ても通路だ。

 真っ直ぐに均された床。硬質な感触はタイルか何かが引かれているのか。左右の壁も丁寧に整えられていた。石材で出来ているらしい壁には壁画が描かれていた。そのどれもが同じ人物について描かれている。あの青く光る女性だ。


「ねえ、アーネス。この迷宮(ダンジョン)ってこういう場所なの?」


「い、いや。こんな場所があるなんて、初めて知った……。隠し通路というやつかな?」


 アーネスはさっき来た壁を振り返る。不可思議な模様が書きこまれていた。この魔法陣のようなものが幻として機能しているのだろう。アーネスが戻れるか確かめるために腕を突っ込むと、ふたたび沈み込む。どうやら戻ることもできるらしい。ただ道が隠されているだけだ。


「聞きたいんだけど、この壁画って何かわかる?」


 見れば青く光る女性は少し離れた場所で壁の絵を指差し、それから自分を指差した。どうやらここに描かれているのが自分だと言いたいらしい。

 アトは壁画に触れてみるが、<過去視(パスト・ヴィジョン)>は何も反応しない。


「気になるのはここに描かれている女性なんだけど……」


 アーネスとシアンが壁画をまじまじと見た。何かを確かめるようにぶつぶつと言っている。いくつか先の壁画まで確認するとアトのもとへ戻ってきた。青く光る女性もその様子を見ている。アーネスは近くをすれ違うのだが、やはり彼にも見えていない。


「予想だけれど、ここに描かれているのは大魔導師アディリンその人のようだね」


「この迷宮(ダンジョン)の名前になっている?」


「そう。伝説級に有名な魔術師だから名前を冠されているのかと思ったら、こういう理由があったのか……」


 アーネスはあらためて壁画を見る。その瞳は新しい物を見つけた好奇心で染まっていた。興奮した様子で続ける。


「大魔導師アディリン。“希代の魔女(ハイ・ウィッチ)”、“四つ腕の魔術師(クァッドキャスト)”、“千里眼(クレボヤンス)”など異名は尽きない。何よりも相手が使っていた魔術をすぐに修得してしまう恐ろしい吸収力と頭脳を備えていたと言われているんだ!」


 熱いアーネスの勢いにアトとシアンは思わず引いていた。

 そういえばマルヴァ氏の時も似たような詳しさだった。もしかするとこういった有名人のマニアなのかもしれない。

 とにかく彼女の正体は分かった。どうして幽霊のようになっているのか、アトにしか見えないのかは分からないけれど。


「ええと、あなたは、アディリンさん……で、いいのかな?」


『――わ。ゆ―――ね。あ、あ~。うん。あ、()()()()みたいね?』


 彼女の声が聞こえた。

 ただ、肉声ではない。イドラの声を聞くかの如く、頭の中に聞こえている気がする。


『ようこそわたしの墓標へ。わたしが見えるということは、貴女が今代の“ウシュタの翼”なのかしら?』


 くすくすと笑いながら言う。彼女は笑顔を浮かべた。友好的な笑顔だ。そう見える。


『わたしはアディリン。そうね、一つ前の“ウシュタの翼”よ。そう言ったら、あなたは驚くかしら?』


 アディリンは青く光る髪をなびかせて、通路の奥へと歩いていく。うっとりするような笑顔を浮かべて、アトを振り返る。


『いらっしゃい。先代の“翼”として、少しくらいは<過去視>(そのちから)について教えてあげられるわ』


 少し考えたが。アトはついていくことにした。

 自分の持つ<過去視>。ウシュタの翼。分からないことが多すぎなのだ。誰かが説明してくれるというのならば、すっきりすると言うもの。


 いざとなればイドラも居る。しがみつけば彼女の足で追いつけるものでもないだろう。いや、そもそもこちらに触れたりなどの干渉もできない気がする。自分がしっかりしていれば問題ないだろう。


 アトはそう考えてアディリンの後を追った。

 シアンのことも、アーネスのことも、召喚しているはずのイドラのことも、気にすることなく。

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