50話「いーる うぃる いぐじすたんす」
剣閃がなめらかに宙を走る。出来の悪いミートボールのような巨大な肉塊が真っ二つに斬り割れた。
びちゃっと気持ち悪い液体が糸を引いて落ちる。思わずアトは眉をゆがめた。
「こんなんで、清掃活動なんてッ! できなぁぁぁい!!」
全力の叫びだった。
せまりくるモンスターを蹴り飛ばすと、アトは距離を取った。背後からも打撃音が聞こえる。重低音はシアンのゴーレム弐号くんだ。時折聞こえる蒸発音はアーネスの放つ魔術の炎による攻撃だろう。あまりそちらの方は見えない。いまやアト達の周辺は、まさにモンスターラッシュというような状況に至っていた。
「アーネス! 生きてる!?」
「僕はなんとか! ところでシアンはさっきから高笑いしてるけど大丈夫なのかアレ!?」
「それはいつも通りだから大丈夫!」
大きな犬の頭に直接手足がついたようなモンスターが駆け寄ってくる。一瞬固まりかけたが、鼻先に思いっきり剣を叩き込むことで怯ませる。そのまま二連撃を見舞って塵へと還す。
「さっきより、出て来るのどんどん早くなってない!?」
アトの叫びが迷宮に響いた。まだまだモンスターは湧いて出て来る。
迷宮が牙を剥いたのは、アト達が清掃を始めてしばらくしたあたりからだった。
先ほどの湖の広場と同じように光の玉が集まったかと思うと、青く光り出して急にモンスターとなったのだ。しかし、そのどれもがいままで見たことのないモンスターなのだ。まるで幼い子が粘土で作ったような生物としての形が歪なものばかり。
そのモンスターが途切れることなく出て来るので、アトとシアンとアーネスの三人で何とか応戦している。
「なんッで!? こんなことに!!」
アトは叫ぶが誰も答えてくれない。誰も分からないのだから当然だ。アーネスなど顔色が真っ青になっている。
アーネスの得物は短剣だ。その刃には精緻な彫刻が刻まれており、斬ったり突いたりは全くできそうにない。魔術的な要素を助けるための儀礼剣というやつだろう。先ほどから魔術を放つための照準として、短剣の切っ先をモンスターに向けている。
アトはちらりとシアンを見た。視線を感じたのかシアンもアトの方を向く。アトの表情だけで何が言いたいのかわかったようだ。しょうがないなあといった顔で頷いた。
「イドラ! お願いッ!」
アトの願いに反応して、冒険者ライセンスが輝きを放った。アトの懐から光の粒子が吹き上がったかと思うと、大狼の姿を形作る。
イドラは召喚された直後に動いた。まさに神速。緑の軌跡だけを残してどんどんモンスターを叩き潰す。一回りするころには、ある程度きれいに片付いていた。
カラン、と音がした方を見るとアーネスが外れんばかりに口を開いて、イドラを指差している。こうなるから人前ではあまり従魔召喚をしたくなかったのだけれど、命には代えられない。
「ありがと、イドラ」
アトのもとに戻ってきたイドラは、アト達をまもるように佇んでいた。粒子に戻る気がないということは、まだここは危険ということ。アトは気持ちをゆるまないよう引き締めた。
ようやく自分の分も片付けたシアンが合流する。
「どういうことなのだろうね、これは。こんなモンスターが出ると聞いたことは?」
「いや、僕は無い。そもそもこんなにたくさんモンスターが出ることも初めてなんだ。いつもはあの光の玉ばかりで……」
シアンがアーネスを半眼で見ていたが、どうやらアーネスも初めての事態らしい。本気の焦りが伝わってくる。まあ、救いだったのはアーネスがこっそりと冒険者と迷宮に行っていた経験があったことだ。戦闘に慣れているかどうかいうのは大きい。お荷物を抱えながらだと、アト達の技量だと大怪我や死人が出たかもしれない。
「ゴーレムに、魔獣!? 君たちは……いったいなんなんだ!?」
「何なんだって言われても、駆け出し冒険者としか答えようがないけれど」
アーネスの信じられないという顔に、苦笑で答える。アトも狙ってやったわけではないのだ、死なないように全力で立ち回った結果がここにある。未だ納得いっていない様子だったが、放っておくことにした。シアンに話しかける。
「それにしても、よく弐号くんを造れたね。材料そんなにあったっけ?」
「ん? 弐号くんかい?」
アトは周りを見渡した。洞窟はごつごつしているものの、岩や石は落ちていない。どうやって弐号くんを造ったか気になったのだ。
シアンは悪戯をするような笑みを浮かべる。その途端に弐号くんが光の粒子となってシアンの冒険者ライセンスに吸い込まれていく。
「うん、その通り。ボクは作製したゴーレムを従魔にしてみたのさ。案外できるもんだね」
なんとも考えるものだ。アトは感心する。
最初から造ったゴーレムを持ち込むことができれば、さらにもう一回<機巧兵作製>を使うことができる。シアンの戦略の幅が大きく拡がるだろう。弐号くんを二体作ることもできれば、大型の弐号くんをサポートするように壱号を配置することもできる。
シアンは感心するアトに一歩近付くと、アーネスに聞こえないように耳打ちをしてきた。
「アト、思った以上に魔術師くんの話とは食い違う点がある」
「そうだね」
「何か、“視え”ないかい?」
シアンの瞳は真剣だった。この状況が異常だと言っている。
言葉は少ないが、アトに何をしてほしいかは分かった。この異常事態の原因が、<過去視>で視えないか、ということだ。
ちらりとアーネスを見れば、どうやらイドラに夢中のようだ。呆けたような顔で見ている。
それを確認し、アトはシアンに少し離れるように言うと<過去視>をオンにした。
【接合点】はあった。どうして気付かなかったのか。
オンにした今なら感じられる。この青く輝く光の玉。これ自体が【接合点】なのだ。
この場所そのものに集積した【記憶】といっていいのだろうか。シオンの提唱する「世界の雫説」が濃厚になってきた気がする。
「――――ッ!?」
アトは息を詰めた。これまでの<過去視>からは、考えられないものを見たからだ。
青く輝く女性だった。
まるで幽霊だ。
【接合点】と同じ青い輝き。光の砂絵とでも言おうか。簡素なワンピースはまるで夜着のよう。すこしアンニュイな感じで佇む彼女は、まだアトの視線に気付いていない。
気付いたり、するの?
「シアン、あそこに……女の人がいるんだけど、見える?」
シアンがアトの視線を追う。目を細めたりしているが、焦点が合っていない。見えていないのだ。
アトにしか見えない。やはり【接合点】の類なのか。触れば何か視えるかもしれない。
ゆっくりとアトは、幽霊女の方に近付いていった。




