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4話「いちたりない」

 大型の鳥が、甲高い声で鳴いた。


 それを聞きながら、アトはもぐもぐと朝食兼お昼ご飯のパンを食べていた。

 腰かけている岩はすこし硬いが、気になるほどではない。それなりに背の高い木々があたりに生息しているが、深い森というほどには木々は密集していない。木漏れ日と、吹き抜ける気持ちのよい風。


 ここは中央都市(セントレア)から少し離れた<ルルの森>。アトはこういう森が好きだった。


 <マルヴァの館>を断念してから、すでに一週間が経過していた。

 その間にアトはいくつかのクエストをこなすことに成功している。これは自分をほめてもいいんじゃないだろうか。いいよね。


 商業ギルドの物品運搬【依頼】。

 やたら重い木箱をがんばって運ぶだけのクエスト。届け先が中央都市(セントレア)のあちこちにバラついており、一日がかりになったけどクリア。普段使わない筋肉を使ったのでかなり全身が痛くなった。

 あれって何が入ってたんだろ?


 地下水道のビッグスラッグ退治【依頼】

 中央都市(セントレア)の地下には都市中に水を供給するための地下水路が張り巡らされている。じめじめしてあまり楽しいところではないが、放っておくとモンスターが発生して増えてしまう。水があるため、大型のなめくじモンスター『ビックスラッグ』が増えやすいのだ。そのため、定期的に退治する必要がある。そのクエスト。

 ビッグスラッグ自体は犬サイズに巨大ななめくじというだけで、とりたてて危険なモンスターではないんだけど、とにかく斬るとぬるぬるしてべたべたして何かの粘液をまき散らすのが本当にイヤだった。

 倒した数も見習い冒険者ライセンスに記録されるらしく、規定数を狩ってクリア。討伐よりもその後の剣をきれいにすることの方が時間が掛かった。


 その他も傷を治してくれる治癒院の清掃など、いくつかクリアできそうなクエストを見繕いつつ、現在これが五つ目のクエストとなる。


 さて、そろそろ再開しますか。

 よっこいせ、とアトは岩から重い腰を上げた。


 ポットリーフの納品【採取】。

 都市の近郊にも生えている体力回復の薬草だ。まっすぐ伸びた茎に、ポットのように丸く膨らんだ花をつける。

 これについては村に居た時もさんざん摘んでいたし、とってもお世話になった。簡単な薬草湿布なら造れるくらいだ。生息しそうな場所もだいたいわかる。


「ふう……」


 いくつか摘んだポットリーフをポーチに入れ、アトは一息ついた。

 ふと見れば中央都市(セントレア)の外壁が見える。歪んだ円形に建てられた外壁は、都市を守る盾の役目を持つ。これだけの大きな建造物、よく建てたものだと感心してしまう。


「さて、お仕事お仕事」


 アトは必要ポットリーフの必要本数を確認する。もうちょっと必要らしい。

 ポットリーフ採取のコツは、大型のモンスターをうまく避けることだ。回復の薬草はモンスターにも効果があるらしく、よく大型モンスターが縄張りとしていることがある。


 ――――


 のそり。

 毛皮の生えた巨体が通りすぎる。

 太い手足、鋭い牙を持つ顎。

 熊に似ている姿。その凶暴さはあふれ出るほどだ。

 よく見ると片目が傷ついている。手負い。


 ――――


「――っ!」


 手をついた木から視えた<過去視>に、アトは息を吐いた。あぶないあぶない。あやうく縄張りに入るところだった。

 怪我をしているところを見ると、どこかから逃げてきてポットリーフで癒そうとしたのかな。ソイツが行った方向とは逆を目指して、アトは動きだした。


 必要数のポットリーフが集まるまで、さほどの時間はかからなかった。どれくらい過去のことかわからないが、あのモンスターが徘徊している可能性もある。すぐに中央都市(セントレア)に戻ることにした。



 冒険者ギルドに辿り着くと、受付のお姉さんがにっこりと笑って挨拶してくれた。えへへとこっちも笑顔になって、受付カウンターにポットリーフを出して納品する。


「はい。規定数ありますね。これでクエストは達成です。ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ」


 受付嬢は見習い冒険者カードになにやらスタンプを押す。魔石で出来たスタンプらしく、規定クエストをクリアした証を登録していると聞いた。


「だいぶクエストをクリアされていますね。このままいけば昇格できるかもしれません。その日を楽しみにお待ちしていますね」


「きっとクリアしてみせます! 待っていてください!!」


 むん、と力こぶを作って見せる。なんだかそう言ってもらえるとやる気が出るなあ。

 いてもたってもいられなくなって、アトは勢いのまま冒険者ギルドを飛び出した。


「あッ! ちょっと! アトさん!?」




「ハッ!? ライセンスがない!?」


 アトがそれに気付いたのは、冒険者ギルドを飛び出してしばらくした頃だった。次のクエストを確認しようとして気が付いたのだ。

 慌てて冒険者ギルドまで走って戻る。走った勢いのまま、受付カウンターに飛びついた。


「あっ、あの! さっきライセンスを忘れて!」


「ええ、こちらですね。どうぞ受け取ってください」


「よかったぁ。ありがとうございます」


 アトは受付嬢が差し出す見習い冒険者ライセンスに触れた。


 ――――


 受付嬢二人を、私は下から見上げている。

「アンタ、リップサービスがすぎるわよ。“待ってます”なんてさ」

「いいでしょ? 夢くらいは見させてあげないと」

「それにしも馬鹿よね。見習い冒険者になるなんて」

「誰もやらないような底辺の依頼をやらされて終わりでしょ」

「絶対クリアできないようにクエストが揃えられているなんて思わないでしょうしね」

 冒険者ギルドの入り口扉が開く。

 あんなに慌てた顔をして。私は私を見る。

「ほら、来たわよ。笑顔笑顔」


 ――――



「大丈夫ですか? どうかしました?」


 心配そうな顔をした受付嬢が、アトを覗き込んでいた。

 

 このッ……!


 怒鳴り声はすんでの所でとどめた。今の会話は、私が知らないことになっている会話だ。

 ショックは足下を揺さぶってるかの如く。怒っていいのか、消沈したほうがいいのか。


「何でも、ないです」


 とりあえずそれだけを返してアトは冒険者ギルドを出た。


 受付嬢が言っていたこと。それが本当とは限らない。半ば自分でも信じていないが、そう考える。

 見習い冒険者ライセンスを操作し、残っている規定クエストの攻略方法を確認することにした。



「駄目だ……」


 さんざん走り回ったアトは、へとへとに疲れていた。

 残る【採取】系のクエスト、これはよくできていた。簡単に採取できそうに見えて、このあたりに生息していないものばかりだ。行商人から購入するお金があるなら、そもそも冒険者にならなくてもいくらい。

 【依頼】系で残っているのは護衛のクエストだ。そもそも護衛を見習いに頼むだろうか。よしんば頼んだとしても、指定された街に行って戻ってくるまでに規定日数が過ぎる。

 

「そもそも『商売で一定数の儲けを得る』とか『自作の鍛冶・細工の生産品を規定数納品』っておかしいでしょ!? それだけで食べていけるでしょうが!」


 うがーと吠えるがどうしようもない。


 どうしても昇格までクエストクリアが一つ足りないのだ。

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