47話「あ だいいんぐ ふぁいあ」
<マルヴァ学院>に通うようになってから、一週間が経過した。毎日朝起きてご飯を食べた後はすぐに学院に向かう。あとは図書館に籠もって文献調べだ。
そうは言ってもなかなかうまく進まない。まずもって<アディリン魔術洞>のことだけを書いた本など無いのだ。しょうがないので『迷宮について』などといった本を読むことになる。
アトはヨサ叔父さんの薫陶によって一通りの読み書きはできるものの、読むのがそれほど得意というわけではない。シアンとアーネスはアトから見るとありえないくらい早く読み終わる。あれで理解してるんだろうか。アトは分からない単語もあるし、それが出て来るたびにシアンやアーネスに聞いていた。なんだか勉強の続きのようだ。
ちなみにシアンは置いて帰った次の日から合流した。どうやらあの日は一日中誰にもばれることなく図書館の中で一夜を過ごしたらしい。アーネスが呆れた顔をしていた。
図書館の中で怪しい三人組が何かをやっているのだ。初めは変な物を見る視線を投げかけられていたが、数日もすると周りも慣れてきたらしい。冒険者は下賤と無視をする派と、面白そうなことをしていると好奇心を刺激されちらちら覗き見る派に分かれていた。
調べていくうちに分かることは多くあっても、それを上手くつなげることができない。そういう時にシアンはちらちら見ている魔術師生徒をひっつかまえてきては議論の輪に入れるのだった。こちらもアーネスと同じタイプだ。自分の好きな分野となると饒舌に語ってくれる。おかげでだいぶ情報が集まってきた。
すでに机の一つは完全に占領している。その上には様々な書き込みがされた紙がばら撒かれていた。これまで調べたことが書いてある。
それを覗き込むようにして、三つの頭が揃っていた。その中でもアーネスが難しい顔をしていた。
「やっぱり……気になる」
「アーネス、どうかした?」
「うん。<アディリン魔術洞>については見えてきた」
「ボクもそう思う。技能の強化ということだね」
シアンが紙の一枚を持ち上げた。世界の雫について調べた内容が描かれているものだ。
「この時期の<アディリン魔術洞>には通常の迷宮より濃い世界の雫が充満している。だから、ここで経験を積むことで新しい技能を得たり、これまで持っている技能を強化することができる」
「魔術師の技能を上昇させるために、授業の一環として潜るわけだ。独占する、秘匿する理由も意味も分かるけれど……。この構造を考えて造り出したマルヴァさんとやらはすごいね」
うんうんとシアンが頷きながら言う。<アディリン魔術洞>もマルヴァによる人工迷宮だ。
ちなみに限界一杯まで生徒たちを強化したあとには、回復のために使ったポーション瓶や、使い捨ての魔術道具などがそこらへんに転がっているという。それらのゴミを清掃するのが冒険者への依頼だと言う。そのころには世界の雫も減っており、魔術師ギルドとしては入られても困らないというわけだ。
「う~ん。これが理由なのかなぁ……?」
何かが足りない気がする。
アトの疑問のこもった声に、アーネスが頭をがしがしと掻く。せっかくセットしている髪が崩れそうになって、あわてて戻していた。
「分からないんだよ。でも急に導師様の授業が<アディリン魔術洞>のことになったりしてるんだよね。おかげで分かったことも多いんだけどさ。導師様が何を言いたいのかが僕には分からないよ!」
アーネスが机に突っ伏した。ばっさぁと調べた紙が舞っていく。そんなアーネスの様子に見かねたのか、何人かの生徒が近付いてきた。この一週間でちょっと仲良くなった赤髪の男子生徒と金髪の男子生徒だ。
「よう。おたくらまだやってんの。あきないねぇ」
赤髪がにやりと笑いながら椅子の一つに座った。こう見えてこの男子生徒、けっこうな噂に通じている。
軽いところもあり、今もシアンに笑顔で手を振っているところだ。
アーネスがその振っている手をはたき落とした。
「何でもいいから情報ないか? 見てのとおり行き詰まってるんだよ」
「そうだなぁ。直接は関係ないかもしれないけど、マルヴァ学長の調子が悪いってこととか?」
それを聞いたアーネスが呆然とした顔をした。魚のようにパクパクと口を開いたり閉じたりしている。本当に有名人好きというかなんというか。
「け、怪我でもなさったのか!?」
「いや、歳だよ歳。もうおじいちゃんだからさ。魔術師ギルドに出てきてもぼーっとしてたり、ボケた言動を繰り返してるらしいぜ。こりゃあ引退も近いかな」
言うだけ言って赤髪と金髪は去っていった。どうやらその噂話をしたかったらしい、すぐに他の生徒を捕まえて喋っているのが見えた。あの様子じゃあすぐに広まるだろうなあ。
アトはせめてアーネスを慰めてやろうと振り向いたが、そこにあったのは考え込む表情だった。
「アーネス?」
「マルヴァ様が引退されれば、人工迷宮は閉鎖される可能性が高いんだ。誰かが管理を引き継いでると思うけれど、一度閉鎖されれば入れるようになるまで数年かかると思っていい」
「アーネスくん。生徒たち次に<アディリン魔術洞>に行くのはいつだい?」
シアンが横から質問を挟んだ。その瞳に剣呑な光が宿る。
「今週中に一回だ。その後は数週間後……」
つまり、それが最後のチャンスというわけだ。まだアーネスの推測でしかないが、その通りになったとしたら清掃依頼も回ってくるわけがない。
シアンがアーネスの肩を叩いた。これまでにないくらい美しい笑顔を浮かべている。たいていの男であれば顔を赤らめるほどの威力があるやつだ。
そのままアーネスの肩を掴む。歪んだ顔からどれほど力が込められているか分かろうというもの。問答無用とはこのことだ。
悪魔のような甘い声が、耳を打つ。
「ところでアーネスくん。ここの学生服を二着、用意できるね?」




