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44話「あんくる ヨサ」

 ぼさぼさの銀髪。頑丈だが古臭いブーツ。もとは高級だったのであろうローブは変なしわが寄っていて、洗濯はしているもののちゃんと手入れしていなかったことが窺える。

 斜に構えたような目つきは見る人を怖がらせることが多く、若い頃は村でよく喧嘩をふっかけられていたそうだ。歳を取ってもそれは変わらず、今では老けた不良といった様子を見せている。

 それが、ヨサ叔父さんだ。


「よう。アト。オマエさん、こっちに来てたのか?」


 ヨサ叔父さんの目が細められた。アトの装備をざっとつま先から頭のてっぺんまで見回したのがわかる。


「いや、こっちで冒険者を始めたのか……。ふン。まあ、そうだな。村じゃあ息も詰まるってもんだよな」


「ヨサ叔父さんこそ、こんなところで魔術師の先生やってたの!? ただの魔術師だと思ってたよ」


「オマエなあ。いつも言ってるだろ。魔術師と魔導師は違うって。これでも導師号を取ってんだからよ。尊敬しろよ? えらいだぞ? 家庭教師代、実は高ェんだぞ!」


 にやっと笑うとヨサ叔父さんはアトの頭を掴む。そのままぐりぐりと乱暴に撫でてきた。アトの視界がぐらぐらする。この乱暴な撫で方はヨサ叔父さんの癖で、アトは苦手だと思っている。逃げたことはないが。しばらく撫でまわされるままになり、満足したらしいヨサ叔父さんの手からようやく解放される。


「ンで、何か用だろ? まさか学び舎に入学したいってわけでもないだろうしな」


 ヨサ叔父さんは空いている椅子に座ると、隣に座るように促した。立って話をするのもなんだ。アトはおとなしくそこに座る。


「実は……」


 アトは冒険者ギルドに入ったこと、冒険者ライセンスの昇級をしたいこと、そのために<アディリン魔術洞(ケイヴ)>に入りたいことを話した。


 ヨサ叔父さんは信頼できる人だ。アトはそう思っている。

 村で居場所のなかったアトだったが、ヨサ叔父さんがいたおかげで息をすることができたようなものだった。

 今でも思い出せる。あの暗く重い、泥のような日々を。


 アトの技能(スキル)は産まれてすぐ、赤ん坊のころから発揮されていた。物ごころつくころには、触ったものからなんでも過去を視る生活を送っていたのだ。

 アトは過去を視ることができた。それを活かして生きていけばよかったのだろうが、そうはいかなかった。


 幼いアトには、<過去視>で視た過去と現在の区別がつかなかったからだ。

 今ここで見える風景も。数十年前の風景も。過去視と現在がシームレスでつながった世界に生きていたのだ。


 両親にとっては恐ろしい娘だっただろう。急に泣き出す、急に暴れ出すといったことは日常茶飯事だ。本人の知らぬはずのできごとを言い始めたり、本人ですら忘れていたことを言いだしたり。急に何か別の人物になりきったように、『料理の仕込みをしなくちゃ』などということすらあったのだ。

 初めは家族の中だけだったが、そのうち村の人もその異常性に気付いた。

 自分しか知らぬことを言い当てられるのだ。すごいを通り越して、“気味が悪い”。恐ろしい。秘密を知っているんじゃないか。ばらされるんじゃないか。どうしてわかるのか。疑念と恐怖と悪意を煮込んだような感情の果てに、村の人から【悪魔憑き】と呼ばれて蔑まれるようになるのは時間の問題だった。


 そんなアトに、いろいろなことを教えてくれたのがヨサ叔父さんだ。アトは他の人から見れば異常な部分はあるが、賢かった。そこで、一般的な常識のことや、魔術について、哲学的なことも含めてヨサ叔父さんが家庭教師となってくれたのだ。

 年齢と共に精神が成長するなかで、<過去視>と現在が見分けがつくようになり、多大な労力の結果<過去視(パスト・ヴィジョン)>を制御できるようになり、今に至るというわけだ。


 もちろん、そのころには村に居場所など、無かったわけだが。


 だから、ヨサ叔父さんは信じられる。


「――というわけで、<アディリン魔術洞(ケイヴ)>に入りたい」


「そりゃ無理だ。諦めろ」


 ヨサ叔父さんはアトの提案をばっさりと切った。


「えええ!? なんで!? ヨサ叔父さんが許可したらいけるとかあるんじゃないの!?」


「あ~、そりゃ……。ん~、まあ、何とか頑張れば見学くらいはいけるか……。清掃依頼をアトに指名するってことくらいは出来ると思うがよ。今すぐに入るってことは無理だな」


「なんで!?」


「それはだな……」


 ヨサ叔父さんはそこまで言うと、ニタリと顔を歪ませた。

 アトは血の気が引く。これはヨサ叔父さんが悪いことを思い付いた時の表情だ。

 ヨサ叔父さんは確かに優秀な先生だ。教え方は分かりやすいし、体験を通して理解までたどり着くようにしてくれる。だが、とてもスパルタなのだ。猪をハンティングする羽目になったのも、実はヨサ叔父さんのせいなのだから。


「アト、オマエは部外者だけど特例としてしばらくこの図書室に出入りできるようにしてやる」


「う、うん」


 ヨサ叔父さんの目がらんらんと光っている。もう目から魔術でも出そうな勢いだ。助けてイドラ。え、無理?


「どうして今の時期は<アディリン魔術洞(ケイヴ)>に入れないのかを調べてみるといい。納得するだろうさ。ンで、清掃依頼の際にはアトを指名してやるからよ、そこは安心しろ」


 バンバンとアトの肩を痛いほど叩く。ふしくれだった大きい手。どうみても魔術師の手ではない。くすくすと含み笑いしながら、ヨサ叔父さんが立ち上がる。あわててアトも立ち上がった。


「場所が分かったとしても、絶対、<アディリン魔術洞(ケイヴ)>に忍び込んだりするなよ~? 絶対だぞ? するなよ? もしオレが見つけたとしても、叩きだすからな、絶対だぞ?」


 よし、というふうにヨサ叔父さんは思いっきりアトのお尻を叩いた。この扱い! 私は犬か猫か!

 もうヨサ叔父さんは区切りをつけたらしい。アトがなおも食い下がろうとする前に、散らばらせていた生徒たちを呼び集める。こうなるともうヨサ叔父さんに話しかけることはできない。しぶしぶアトは引き下がることにした。

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