40話「すまいる おぶ うぃっち」
その部屋には大勢の人間が集まっていた。
すり鉢状になった会議場である。一番中心は円卓となっており、それを囲むようにテーブルが設置されている。多くの人間が同時に会議できるように、階段状に机が設置されていた。
ここは冒険者ギルドの本部である。
ギルドの受付員はここでいつも朝礼を行うのだ。すでに多くの人が集まっており、あと五分もしないうちに始まるだろうと思われた。
アンセスは自分の名札が置かれた机に座る。設置された机のうち、中心からかなり離れた上階の方、外周部に位置している机だ。座りながら、こっそりとため息を吐く。それと言うのも、この机の位置がそのまま受付員のランクを表しているからだ。中心の円卓に近付けば近付くほど、多くの冒険者を担当しており、発言権を持つ受付員と言えるのだ。その慣習で言えば、まだまだアンセスは低ランクの受付員なのだ。
「冒険者ランクの昇級をしたい……ですか」
アンセスは誰にも聞こえぬほどの小さな声で呟いた。
あれからアトとシアンに相談されていたのだ。自分たちの冒険者ランクを上げたいと。それもできるだけ早く。ランク昇級にはいくつかの必要事項があった。まずは規定クエストのクリア。そして、冒険者ギルドの推薦である。シアンとアトの実力は知っている。二人ならおそらく規定クエストをクリアできると思われる。問題は、冒険者ギルドの推薦なのだ。
円卓の前に、背の高い男性が立った。いつのまにそこにいたのか分からない。気配もなく、気付けばそこに居る。かつて冒険者としても高ランクであったギルド長だ。
ギルド長が閉じていた目を開く。そこにあるのはタダの瞳ではない。紅い宝石になっているのだ。【財の民】と呼ばれる種族は、その瞳が宝石になっているという。その瞳には多くの魔力が秘められ、一人で魔術師数百人分に比肩すると言われていた。この中央都市にも一人しかいない希少種族。
そのギルド長が口を開く。
「――――静粛に」
その瞬間、いままで騒いでいた受付員の全てが静かになった。ギルド長に注目した、いや、させられたからだ。その圧力に、誰もが口を開けない。開く必要も感じない。
満足そうな笑みなどない。当たり前のような表情で、ギルド長は朝礼の開始を宣言した。
ギルドの現状、注意点、最新情報が共有された後、使用人によって円卓に封筒が運ばれてくる。これが住民から寄せられた依頼だ。昨晩から集められた依頼を早朝に分配していくのだ。緊急性の高いものはすぐに掲示板に張り出されるが、そうでないものはこの朝礼で担当者を分けていく。
「アキティナ。ギンドゥナム氏と魔術師ギルドから君のところの冒険者に指名依頼が入っている」
ギルド長が上等な封筒に蝋印が推されたものを差し出した。それを受けて、一番最前列に座っていた女性受付員が立ち上がり、封筒を受け取る。
長い豊かな髪をウェイブさせた美人。このギルド最大数の冒険者と、高ランク冒険者を何人も担当するアキティナだ。周りの机から、うらやむ視線と憧れの視線が同等数投げかけられる。
アキティナは自信たっぷりに封筒を受け取った。ギンドゥナム氏と言えば、古くから中央都市で政治手腕を振るっている貴族の一人である。そんなところや、ギルドといった組織からの依頼が来るのだ。アンセスは自分との違いに歯噛みした。それくらいの影響力があれば、アトとシアンの二人を昇級させることも簡単だろうに。
「さて、それでは今日も悩める者達の救けとなりましょう」
その言葉を皮切りに、依頼の取り合いが始まった。
ギルド長が提示する依頼内容に、自分の冒険者こそがふさわしいと思う受付員が挙手をする。その受付員のランクによって優先的に決まっていく。時折ギルド長の判断でランクを覆して【依頼】が渡されているが、それもほぼ例外的な事象だ。
「はぁ……」
アンセスは再びため息を吐いた。そうやって受けていくうちに残っていくのは簡単なクエストか、町民の手伝いといった下仕事だ。誰にでもできるような仕事が残されていく。
もしくは、あきらかに危険度が高いか前情報が不明な依頼だ。下請けのような仕事を回避して、一発逆転を狙うならそういう高難度の依頼に手を出すしかない。そういったものに手を出してしまった苦い思い出が胸に刺さる。アンセスの不名誉な二つ名はそこから来ていた。
アンセスはひとまず無難な手伝い系の依頼を受け取る。物資の運搬依頼と、門の修理のための資材運搬の依頼だ。
全ての依頼封筒を分配し終わり、ギルド長は再び全員に注目を促した。
「それでは、昇級推薦を希望する受付員は挙手をしたまえ」
来た。
アンセスは乾きかけた唇を舐める。今こそアンセスの実力を見せる時だ。
多くの受付員が挙手する中、アンセスも高々と手を挙げる。突撃あるのみだ。そうしなければ推薦など手に入らない。
どうやって決めているのかわからないが、ギルド長によって推薦の可否が示されていく。円卓に近い順から声がかかり、とうとうアンセスの所まで回ってくる。
ギルド長の瞳がアンセスを射抜いた。思わず身が固くなる。
「君は、アンセス君だね」
「は、はい!」
「ふむ。君の担当する二名は最近“見習い”から昇格したばかりだと思ったが?」
「はい。確かにその通りですが、昇級に値すると感じております。【依頼】への取り組み態度も良く、達成数も増えております。一部でありますが、指名したいとの打診もありました」
じぃっとギルド長がアンセスを見つめる。人間の瞳とは違う宝石の瞳による視線。自分の身の内、心の内まで暴かれているような気分がする。思わずアンセスはごくりと唾を飲み込んだ。
「――――早すぎる」
「あら、いいじゃありませんの。ギルド長。これほど熱心に頼んでおられるのです。昇格に足り得る冒険者なのだと思いますが?」
ギルド長の言葉を遮る声があった。まるで甘い蜜のような声。食べれば舌が痺れそうなほどの甘さだ。アンセスがぎぎぎと首を動かしてその人を見る。いや、この声は見ずとも分かっていた。アキティナだ。
ギルドで一番の受付員は、アンセスに艶やかな笑みを送る。ギルド長は口元に指を当てた。長考の姿勢だ。
「アキティナ君。君には考えがあるのか?」
「あの規定クエストを解放してはいかがかしら? 【<アディリン魔術洞>の掃除】をね」
すっとギルド長の目が伏せられる。
「よかろう。アンセス君。君にはその【依頼】の実施許可を与える。また、その規定クエストをクリアを以て冒険者ギルドの推薦を付与するものとする」
ギルド長の言葉が、アンセスには重く聞こえた。
確かに昇級したいというアトとシアンの期待に応えることができただろう。だが、その道はあまりにも険しすぎる。
アキティナ。どうして彼女が介入してくるのだろうか。「何故」がアンセスの頭の内を埋め尽くす。理由は分からない。目的も分からない。まさかアンセスをからかっているだけ?
アキティナの口もとに笑みが広がる。まるで血の月のようなそれを見ながら、アンセスは血の気が引いていくのを感じていた。




