3話「だんじょん ふぁーすと あたっく2」
洋館の廊下に軽快な足音が響く。
迷宮も慣れてくるとそう怖くもないものだ。
アトは上機嫌でダンジョンを歩いていた。<マルヴァの館>はじめじめしていないのがよい。少し暗いが我慢できないほどじゃない。出てくるモンスターも木箱ミミックや燭台に擬態した擬態蟲が多い。
それにしても、だいぶ意地悪な迷宮と思う。
木箱ミミックにしても、イミテーターにしても、初心者冒険者にとってはかなりつらい相手ではないだろうか。一撃でも傷を受ければ、動きは鈍る。その後は考えるまでもないだろう。
アトは<過去視>によってモンスターが隠れているところを看破しているため、容易くここまで来ることができていた。
アトは次の部屋のドアノブに触れると、――――しばらくして手を離した。
ここは、外れ。
モンスターもアイテムも何もない部屋だ。そっとため息を吐きながら先へと進む。
先ほどから外れ部屋が増えている。何だか部屋の設置者が設定をめんどくさがっているような印象すら受ける。
「それとも……ここまで来る人があまりいないのかな?」
わからない。
そこでアトは足を止めた。
これまでは廊下の両側に扉があったが、これは違う。廊下の正面。エントランスかホールにつながるような大きな扉。これはいわゆるボスが待っているという部屋かもしれない。
きょろきょろと左右を見渡す。
「すぅうう」
息をしっかり吸って、心構え。
アトはぐっと扉の取っ手を掴んだ。でも、想像に反して<過去視>は反応しない。
ココこそ何か視えそうなものだと思ったけど。
そろそろと扉を開いていく。隙間からちらりと覗いてみるが、よく見えない。廊下に比べて暗いのだ。
少し開き、また少し開いてとしているうちにアトはじれったくなった。
「ええい! なんでも来い! 危なかったら逃げる!!」
思いっきり扉を開ききる。
音を立てて、重い風がアトの頬を撫でて通り過ぎた。怯えるより、よしこい! というやる気のほうが強い。アトは腰の直剣を抜き放つと、なんとなくの我流の構えを取った。
扉の先に広がるのは、洋館のエントランスホールだ。
あの洋館にどうやって収まっているのかわからないほどの広さがあるが、気にしてはいけないのだろう。
エントランス中央の床には、魔法陣のような美しい模様が描かれているのが見えた。大理石だろうか。光沢がすばらしい。奥に見える階段は途中の踊り場で左右に分かれているタイプのものだ。
もしかして二階も存在したりするのかな?
そして、ドラゴン。
ゴォオオアオオオオオオォオォオォオ!!
咆哮がばしばしと顔面を叩く。音が痛い。アトは気が遠くなった。
「こんなの無理でしょ!?」
先ほどから見えていたが理解したくなかった。二階への踊り場に獣の巨体が鎮座していた。
人間など丸呑みしそうな巨大な顎。両の手は小さいが一振りで体が両断されそうだ。脚は太く、尾はさらに太く長い。
流れるようなフォルム、まさに肉食獣という言葉がふさわしい。翼がないタイプのドラゴンだ。
アトはちらりと見習い冒険者ライセンスを見た。淡く発光しているソレは、クエストを示している。
『規定クエスト<マルヴァの館>のクリア』。
つまり、これを倒せってことだ。
無理。
剣でどうにかなる相手じゃない。
クリアさせる気がないのだ、このダンジョン!
アトはそっと扉を閉じた。
「まあ、他にも規定クエストはあるし、十四のうち六つをクリアすればいいわけだからね! うん!」
わざわざ口に出して言ったのは、自分自身を元気づけるためだ。
迷宮はクリアするか、もと来た道を戻って入り口から出るしかない。少し長い道のりだが、一直線で迷うことのない廊下だ。無事に帰ることができるだろう。
ずどん、ずどん、という振動を感じた時、アトは嫌な予感に包まれた。
一直線に長い廊下。脚が大きく、走るのが速そうなボス。
これ、まさか。
扉が轟音を立てて吹っ飛んだ。ぶつけた頭を振りながら、のそりとドラゴンが顔を出す。
どうりで<過去視>も視えないわけだ。毎回木っ端みじんになって新しく生成されているなら、過去は無い。
それより。
「部屋から出て来るの!?」
明らかにドラゴンは出てこようとしていた。ドラゴンにとって隙間が小さいので、あと何回かぶつからないと出てこれない。しかし、それもどれほど余裕があるか。
足が竦まずダッシュに移れたことを、褒めてやりたい。
足が鈍らない鎧にしてくれた武器屋の店主に感謝の念を送る。走れ! とにかく走るのだ!
後ろから振動を感じる。ところどころガラスが割れるような音や、めきめきと何かが壊れる音がしているのが不吉でならない。
おねがいいいい!!
とにかくアトは一心に走り続けた。走り続けたのは数十秒か、数時間か。アトにはわからない。
とにかく入り口が見えた瞬間に、こけるようにして飛び込んだ。
最後の瞬間に見えたのは、大きく開けたドラゴンの口だったことに、心臓がつぶれそうになる。
「ひい……。ふう……。や、やばかった……っ!」
アトは地面に転がった。通りを行く人たちが変な人を見る視線を投げてくるが、気にしている余裕はアトにはない。とにかく拾った命に感謝するだけだ。
気が付けば<マルヴァの館>の入り口は再び光の鎖で施錠されてしまっていた。今回の挑戦は失敗というところだろう。
結論。この迷宮、無理。




