39話「にゅー いくいっぷめんと」
壁にかかった刀剣類。ところ狭しと配置された武具。さっきまで作業していたのか、店内には研ぎ石の匂いが充満していた。
そのカウンターで、店主はボロボロになった直剣を眺めていた。アトはその前で身を小さくしている。
「ううむ……」
店主が難しい顔をしたまま唸り声を発する。その眉は寄せられたままだ。
「いや、怒っているわけじゃない」
「そうなんですか?」
アトはてっきりおこっているものだと思っていた。店主は一息つくと直剣をカウンターに置く。その表情が優しくなった。とはいえもとの顔がこわいので分かりにくいが。
「他の奴は違う考え方かも知れねえけどよ。武器っていうのは使う奴の身を守るためにあると思うんだよ。その点で言えば、こいつはしっかり仕事を果たしたってことさ」
「でも、もう直らないくらいにぼろぼろにしちゃって……」
「確かにな。こいつはもう研いで修理ってレベルじゃねえ。溶かして打ち直した方がいいだろうな。工房じゃねえからここじゃそこまでできねえし、もし打ち直したとしたらこいつに付いていた技能は失われるだろうな」
「そう……ですか」
アトはこれまで助けてくれた直剣を眺める。実のところ、剣に付随していた<剣術Ⅰ>はアトの技能欄に残ったままだ。どうやら使い続けるうちに移ったようだ。それが、この剣の魂が移ったようにも感じていた。
「ま、そのぶんうちで武器を買ってくれればいいってことよ!」
ガハハと店主は豪快に笑う。そのおかげでアトは少しは救われた。
その後、店主の見立てで新しい剣を買うことにした。使っていた直剣をに似たデザインのもので、強度が以前より増している。以前より手になじむような気がするのは、アトの手に合わせてチューニングしてくれているかららしい。
アトは何度も握りなおし、鞘から抜き放って感触を確認する。うん。これなら戦えそう。剣を振るたびに、“蠍女帝”を倒したときの剣閃が思い出される。もっともっと訓練すれば、あれができるようになるのかな?
店主はそんなアトの様子をじっと眺めていたがやがて口を開いた。
「お嬢……。いや、お前さん。見たところ、だいぶ防具もへたっているな」
アトは自分の姿を見下ろす。そういえば防具もずっと使っている。ころげまわされたり、イドラや蠍女帝の攻撃を受けてきたのだ。それだけの激戦を潜り抜けてきたのだ。こっちもぼろぼろになっていて当然だろう。
「わしの見立てで良かったら、新しい防具も用立ててやるが?」
「お願いします!」
「よし。そうこなくちゃな……っと!」
店主は店の奥に行くとなにやらごそごそとやりはじめた。しばらく色んなものをはねのけて探していたが、やがて目当てのものを見つけたらしい。まるで分厚い皮でできた黒い服のようなものを取り出してきた。
「これ、服ですか?」
「服に見える薄さだろう?」
店主は自慢するような笑顔でニタリと笑う。
「珍しい“水獣”の皮で作った防具だ。なんとこの薄さで鉄製防具と同じ防御力を誇る。しかも、水をかぶった時には火や炎に対する耐性すら獲得する優れものだ!」
「へぇ……」
アトは店主が手渡してきた水獣の防具を受け取った。上着だけでなく、ズボンタイプの下防具もあるらしい。さっそく鎧を取り外し、衣服の上から着てみる。少しサイズが小さめな気がしたが、が水獣の皮は伸縮性があるらしく、問題なく着ることができた。
指で触れてみると、今までにない質感を感じた。カエルの皮のような、トカゲの皮のような。
感触はともあれ、軽くて動きやすい。肌に吸い付くような防具は、動きを全く阻害しないのだ。アトは店主に向き直った。
「こんな良い防具、いいの?」
「いいぜ、安くしておく。性能は一級品なんだが、なんとも人気がなくてな。なぜだろうな……?」
たぶん、恥ずかしいからじゃないかな。
アトは声には出さずに心の中で言った。この水獣の防具、確かに性能はいいのかもしれないが。体にぴったりと張り付くようになってしまう。結果、ボディラインがはっきりと浮き出てしまうのだ。
まあ、この上から防具をさらにつければそのあたりは問題ないだろう。
「あ、そうだ。一つ注意してくれ。そのうえから金属製の防具を身に着けたばあい、どうも変に反応してその部分が硬化するんだ」
「つまり?」
「そうなると身動きがとれなくなる。そこだけが難点だな!」
「…………」
アトはしばらく考えこんだ。それは確かに人気が出ない。こんなぴっちりした姿で迷宮を闊歩するわけにはいかないだろう。
でも、防御力は今までより上がるし、動きやすいのは確かだ。
犠牲になるのは羞恥心。
「で、どうする? 前の防具を修理してやってもいいんだぜ?」
「……これ、ください」
うん。だいじょうぶ。
たぶん私の貧相な体なんて誰も見ないだろうし。
この上から衣服を着れば隠せるだろうし!
何よりこれだけ高級品なんだし!!
何か大きなものを捨てた気をするが、アトは一つ選択をしたのだった。




