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38話「のう いーち あざー」

 アトはため息を吐いた。まさか本当に回すだけとは。しかも結構判定は厳しそうだ。

 ともかく、きちんとした依頼であるならば、取り組むしかないだろう。アトは太い紐をしっかりと握った。


「とおっ!」


 気合を入れて振り回す。金属箱が宙を舞う。アトの頭上まで浮き上がってから、どすんと床に落ちた。<過去視>で視たようにぐるぐる振り回せるものじゃない。


「いやいやいや。重くて回せないよ、コレ。シアンもやってみてよ」


「君に回せないものがボクで回せるわけがないだろう?」


「いや、そんな自慢げな顔で言われても。ゴーレムでどうにかならない?」


「うぅむ。ゴーレムにこれほど器用な作業は難しい。それより、<物体操作(キネシス)>の方が向いているんじゃないか?」


 そうかもしれない。

 確かにシアンのゴーレムは比類なき剛力の持ち主ではあるが、細かい作業が難しい。うまく重心を移動しながら紐付きの錘を回したりということはこれからの課題だろう。それに、ゴーレムの素材はどうするのだ。金属箱自体をゴーレムにしてしまってはどうにもならない。


 アトは腕力で箱を回すことは諦めた。ここはやはりシアンの言う通り<物体操作(キネシス)>を使うことにしよう。

 金属箱の一つを目標に定めると、アトはそこに集中する。アトの思念に従って、金属箱が空中に持ち上がる。<過去視>で視た勢いを思い出しながら、空中を滑るように動かし始めた。

 まるで幽霊のように、空中を金属箱が回転する。はじめはぎこちなく動くだけだったのが、次第に慣れてきて勢いよく回り始める。しまいにはぎゅんぎゅんと音を立てて回転するようになっていた。


「アト、その技能(スキル)なんだけれど、対象は一つだけなのかい?」


「どうなんだろう? <アズースの石切り場>で動かし方は練習したんだけど」


 回転させている金属箱から小さくカシャンという音が聞こえた。回転を止めて見れば、<過去視>で視た時と同じ部品が動いているように見える。たぶんこれで出来ていると思うんだけど。

 アトは箱をそっと手に取ると、机の上に戻す。それでもまだまだ箱はある。


「何事も物は試しだしね。やってみようか」


 まずは二つ同時に<物体操作(キネシス)>を掛けることを試してみる。出来ないかと思いきや、ゆっくりとだが二つの箱が持ち上がっていく。何とかいけそう。

 シアンからアドバイスを受けながら、操作技術を磨いていく。さすが自分で天才を言うだけあって、アトへの教え方は的確だった。どうやらゴーレム操作の訓練の応用らしい。

 しばらくすると二つのみならず、四つまで同時に操作ができるようになってきた。ただそれも今のように邪魔が入らない状況でないと出来ないけれど。


 今や四つの金属箱が空中を舞うというすさまじい状況が出来上がっていた。何も知らない人が見れば悪霊の館かと思うだろう。

 操っているアトは必死だった。操作する数が増えた分だけ、振り回すスぺ―スが気にする必要が出てきたからだ。そのため、できるかぎり回転半径を小さくしながら四つの金属箱を回す。シアンや自分に当たらぬように回転を続ける。何度も練習するうちにアトは操作のコツを掴みつつあった。


 気が付けばアトは全ての金属箱の作業を終えていた。これ以上回す必要はない。青年を呼ぶことにした。

 隣の部屋でなにやら薬草を煮詰める作業をしていた青年は、思った以上に早く呼ばれたことに驚いているようだった。


「君達、まさか適当なことを言ってるんじゃないだろうな……?」


 青年は机の上に並べられた金属箱を調べ始めた。いくつかの手順で操作をすると開くようになっているらしく、中身を確認していく。一つ調べて青年は動きを止める。驚いたように次々と箱を調べていく。


「まさか……! できてる……!? こっちも! こっちもだ!! 一体何をすればこんな結果が……! いや、そんなことはいい!」


 青年の目がぐわっと開かれた。ばね仕掛けの人形のように、いきなりアトの方を向く。あまりの形相に、アトが一歩引くが、そこはすでに壁だ。すぐに追い詰められる。


「定期的に同じ作業を頼みたいんだ。受けてくれるか?」


 今や青年はアトにすがりついていた。初めの生意気な様子など何処へやらだ。アトが何も言わないと、どんどん青年は提示する金額を吊り上げてきた。その内今回受けた金額の二倍くらいにまで増えてしまう。

 アトとしては<物体操作(キネシス)>の練習にもなるし、受けてもよかった。ただ、最初にムカっと来た分、すぐに受けるのは何だかしゃくに障る。


「受けてもいいけど、きちんと依頼主の名前は教えてほしい。良好な関係は、まずは挨拶からって言うでしょ?」


 青年はそれでも迷う素振りを見せた。どうしても名前を教えたくない理由があるらしい。それでも、アトの能力は魅力的だったらしい。かなり悩んだ顔の後、諦めたように口を開いた。


「僕は、アーネス。アーネス・フォルトナーと言うんだ。これからもよろしく頼む」


 そう言ったアーネスは、白衣の汚れていない部分で右手を拭くと差し出してきた。アトもにっこりと笑いながら右手を出して握手をする。そうそう。最初からそうやって丁寧に挨拶をすればよいのだ。


「うん。よろしく、アーネス。また必要な時には依頼してね」

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