37話「みすてりあす ゆーす」
青年が姿を現すとポーションにも似た薬草の匂いが漂う。青年の着ている白衣はかなり汚れており、茶色や緑色、ところどころ紫色をしているのは薬草の染みらしい。
青年はきょろきょろと辺りを見渡すと、誰もいないことを確認する。
「お前らだけか?」
「はい?」
「だから、お前らだけかって聞いてるんだ。こっちは高い金を払ってるんだから、きっちり仕事してもらわないと困るんだよ。本当にレベル4か?」
青年は胡乱な表情をこちらに向けてきた。どうやら信じてもらえていないようだ。
アトとシアンは顔を見合わせる。やはりアンセスの取ってくる依頼は一癖ある気がする。
「冒険者ギルドが間違った者を寄越すはずがないだろう。ボクがレベル5で、彼女がレベル6だ」
「ふぅん……。じゃあいいよ。入って」
シアンが青年に説明をした。アトはせめて愛想よく見えるようにと笑顔を作る。
だが、青年は返事を待たずに室内へと戻っていく。アトとシアンと再び顔を見合わせた。何も言わずとも通じるものだ。こいつは変な奴だ。
「お、おじゃましまぁす」
アトは礼儀として声をかけながら、おっかなびっくり部屋の中へと入っていく。明るい外から、急に暗い室内に入ったため、始めは真っ暗に感じられた。しばらくすると室内の様子が見えてくる。
ここは人が住むための部屋ではない。一言で言えば『工房』か『研究所』だろう。
まず目に入るのは、所せましと並べられたガラス瓶だ。大きい物から小さい物まで様々な種類が揃っている。それも形も様々で、丸くなっているものもあれば、先端が細く造られているものがある。
とりあえずアトでも分かるのは、何かの草がたくさん入っている瓶は保存するための瓶なんだろうなあ、くらいなものだ。
壁にもたくさんの草が掛けられて干されていた。台所に当たる位置では何かの液体が煮込まれており、緑色をした煙を噴き上げている。
「言われたもの以外は触るなよ!!」
「ひゃッ!?」
青年の鋭い声に、アトは伸ばしかけた手をひっこめた。青年は後ろに目でも付いているのだろうか。
窓際にずらっとならんでいるヘンテコなガラス容器に心を惹かれたのだ。触ってみたいと思ってもしょうがないじゃない?
触れないのでシアンに聞くことにする。
「シアン、あのラッパを反対にしたようなガラス容器って何かな?」
「ん? あれかい? あれは中に入っている薬草の薬効を抽出するための器械だね。ほら、上から入った溶液が薬効を含んで下から落ちて来るんだ」
「さすがシアン。伊達に白衣は着てないんだね」
気が付けばいつのまにか青年もシアンを凝視していた。血走った眼で見られるとちょっと怖い。多少は知識があるのかなどと微かな声でぶつぶつ言いながら、奥の部屋へと向かっていく。
奥の部屋は天井まで石造りの部屋となっていた。どうやら重い物を置くための部屋になっているらしく、強度が必要らしい。
部屋の真ん中の机の上には、謎の金属箱がいくつも置いてあった。全ての金属箱には太い紐がついていた。
「じゃあ、さっそくだけど頼むよ。君達の仕事は、この箱を思いっきり振り回すことだ。一つあたり二十分は振り回してほしい」
青年が金属箱を手に取る。その様子を見るにけっこう重そうだ。
意味が不明だ。これを二十分振り回し続けるって何の作業なんだ。
「ちなみに僕が納得いかない場合は追加で回してもらうことになるから、手を抜かず全力で回してくれよ?」
じろりと睨みながら青年はそう言うと、金属箱をアトに押し付けた。
「ちょっと待って! せめて名前くらい教えてよ。私はアト、こっちはシアン。あなたの名前は?」
「……断る。教える義務は無い」
バタン、と音を立てて扉が閉じられた。驚きのあまりアトの口がぽかんと開いたままになる。たしかにこちらは依頼を受けて来た身だ。その持ちうる力を依頼主の目標達成のために振るうものだが。この態度はいかがなものか。いかにのんびりとした気質のアトとはいえ、ムカっとくるのは止められない。
「何アイツ!? 頭に来る!」
「ふふ。アトにしては珍しいな。まあ、研究者という輩はどいつもこいつも変人というわけさ」
シアンは笑いながら金属箱を手荷物。その眉がひそめられた。思ったより重量があったらしい。
「これを回すとなると、けっこうな筋力が必要になるな……」
「絶対ウソだ。私達に依頼をさせないために違うこと言い出したじゃないの? きっと何かが視てるはず……」
こんな金属箱を回すなんて聞いたこともない。信じられない。たぶんこの部屋の何かがこれまでの依頼内容を視ているはずだ。そう考えたアトは注意深く周囲を見渡して【接合点】が無いか調べる。
根気よく探していると、壁際に付けられた荷物を引っ掻けるためのフックが青く輝いていることに気が付く。アトはにんまりと笑いながら触れた。きっと視えるはずだ。
――――
部屋に入ってきたのは屈強な男冒険者だ。筋骨隆々という言葉がふさわしい。
青年の指示で紐を掴み、全力で回し始める。まるで鎖鉄球という武器のようだ。もしくは投擲武器か。
紐はピンと張られ、力を込めるごとに回転は増していく。力こぶが盛り上がり、男冒険者の顔に汗が浮く。
どれほど回しただろうか。男冒険者の顔が真っ赤になるころ、金属はこからカチャンという金属音がした。そこでようやく青年はストップをかけた。
「ど、どうでぇ?」
「薬効成分が出切ったら逆流しないようにここの部品が落ちるようになってるんだ。たぶんできてると思うよ」
疲労困憊といった男冒険者を軽く労うと、青年は金属箱を確かめる。満足そうに口もとをほころばせた。
「うん。まあ、悪くない。ドッシュ、この調子で残りも頼む」
「マジか……。おい、アーネス。今度からはちゃんと冒険者を雇ってやらせてくれ……」
男冒険者はげんなりとした顔で。
――――
「――――ッ!?」




