30話「すろーん おぶ むーん でざーと」
“石大蠍”が塵となって消え、ドロップアイテムが落ちても、しばらく誰も動かなかった。
だが、じわじわとボスモンスターに勝ったことが分かってくると、石工さんの喉から大きな歓声があがる。
「おおお! やったな! おい!!」
「これで帰れる!」
少し涙声になりながら石工さん達がお互い抱き合って肩を叩きあう。一度は脱出を諦めた身だからこその嬉しさだろう。
だからこそ、異変に気付けなかった。
否、気付いても逃げる時間など無かった。
何か……?
思考がスパークする程度の時間。
神殿が身震いする。
否、空間自体が震えた。波及は一瞬。空間が波打った。
落ちる――――!
直後にアト達が立っていた床が、全て砂となって抜け落ちた。
まるで落とし穴のように、大量の砂と共にアトと石工たちの体は奈落へ向かって落ちていく。暗闇に吞み込まれた瞬間、アトは意識を手放した。
――――
一面が砂の世界。何者の生も許さず、吐息すら石化するような静けさが支配していた。
太陽の暖かな光など一つもない。“青眼天の月”のような青々とした光に満ちている。明るい夜。まさにそう呼ぶことができるだろう。
遠くまで波が繰り返される海の如く。砂が小山を創っていた。どこまでも繰り返したゆたう砂海。砂の海には、様々なものが沈没しているようだった。そこかしこに岩や建造物の端っこだけが見えている。
すべてが砂で埋まっているのだ。
天からは柱のような光が何本も差し込んでいた。より強い光量で、突き刺さるように青く照らしていた。
「ぐ……ぅ……」
体が痛む。
アトは身を起こした。さらさらと乗っていた砂が落ちていく。汗で張り付いた砂が鬱陶しい。髪の毛にも砂が絡まっているのを感じて、アトはぐったりとした。
辺りを見渡す。
「ここは……?」
ハッとして上を見上げた。天井など見えない。どこから落ちて来たのかさっぱりだが、見えぬほどの高さから落ちてよく死ななかったものだ。
とりあえず自分の体に目立った外傷はない。アトは安堵するが、同時に不安になった。
「イドラは? 石工さん達は……?」
一体何が起こったのだろう。
“石大蠍”を倒したところまでは良かった。まさか、ボスモンスターを倒すことで発動する罠か何か?
それにしても大がかりすぎる。これほどの罠ならば何かが視えていてもおかしくないはずなのに。
アトは立ち上がった。服の中に入りこんでいた砂がすぅっと滑り落ちた。イドラや石工さん達の名前を叫んでみるが、広い空間に消えていくばかりだ。とにかくアトは歩くことにした。これだけ遠くまで見渡せる場所で見つからないのだ。もっと先にいるに違いない。この下に埋まっているのではない限りは。
どれほど歩いたのかな。
砂は恐ろしいほど美しく細かなのに、足は沈むことなく進む。
数時間歩いた気がするし、まだ数分しか歩いていないような気がする。どこまで進んだかもわからない中、ただ止まることなく進んでいく。
ふと何かに呼ばれた気がして、アトはそちらに足を向けた。その瞬間、今まで見えていなかったはずの建造物が見えた。白と緑を混ぜたような色の石で出来た長大な階段のようなものだ。階段の頂点には大きな椅子が設置されている。
いや、椅子じゃない。あれは玉座だ。
「誰か座ってる……?」
遠目からだが、玉座に誰かが座っているのが見えた。モンスターの可能性もあるが、人間のような形をしていた気がするのだ。とにかく何か情報が得られるかもしれない。他のみんなの居場所とか。
このまま歩き続けるには不安になっていた。弱気の虫が出てくる。
アトは玉座への階段を上ることにした。
意味もなく長い階段は、アトのやる気と体力を奪っていく。進むほど高度も上がっていくし、ちょっと怖い。アトの口からついこの状況への愚痴が漏れた。
「神殿の地下の巨大空間? いくら迷宮が亞空間だからって、むちゃくちゃ、やりすぎ、でしょぉっ!?」
息を切らせながらアトは最後の一段を上りきった。床面に手をついて荒い息を整える。
上り切った場所は玉座以外に何もなかった。一部屋分ほどの平面の床にぽつんと玉座が置かれている。装飾も何もない、冷たい石の玉座。肘をついた姿勢で座り込む誰かが居た。アトが目の前に来たというのに、その人物はぴくりとも動かなかった。
「死んでる……の?」
とてつもない時間が経ったのか、ボロボロで崩れそうな服と外套。フードから見える顔はこれもまたボロボロの包帯が巻かれて見えない。よく見れば、露出している腕にも足にも包帯が巻かれていた。もう人の形をたもっているだけの“何か”だ。
その口元が、かすかに開く。
「“ナユの腕”より先に辿り着いたか……。余の……勝ちだな……」
「ひゃっ?」
アトは思わず跳びあがった。このボロボロの塊が、まさか喋るとは思っていなかったのだ。
「あ! え、ええと! こんにちわ!?」
うっすらと瞼が上がる。隙間から見えたのは金の瞳。まるで輝石の如き美しさを持つ目だ。
つい、と動いてアトに視線がピタリと据えられる。
「よく来た。“ウシュタの翼”よ。歓迎しよう」
声だけでこれほど力を感じることができるのか。そう思わせるほどよく通る低い声は、聴く人を魅了する。アトは動けなくなっていた。
その分頭がものすごい勢いで回転する。
よく来た?
私を知っている? いや、私が“ここに来ること”を知っていた?
それに……。“ウシュタの翼”……?




