26話「すとーん ふぇろしてぃ」
「シッ……! 隠れろ……!」
いきなり石工の一人が警戒の声を上げた。皆がひとかたまりになって、大きな石の後ろに隠れていく。
何事か分からないが、アトもそれに従った。石から体がはみ出さないように、ぎゅうっと隠れていく。
シイィイイィ、という鋭く息が抜けるような音が聞こえた。次いで、ずるりずるりと長い何かがこすれる音。
音の正体はすぐに現れた。エリアの入り口にぬっと顔を出す。巨大な白い蛇だ。まともじゃない証拠に、その眼は蛇の頭の中央に一つしかない。その体はどうやら白い石で出来ているらしく、艶やかに光を反射している。咢は大きく、噛まれれば一たまりもないだろう。いや、ひとのみにされてしまうか。
アトの額から冷たい汗が流れ落ちた。緊張しているのはアトだけじゃない、ドンツ達も身を固くしていた。
白い石の大蛇。アトに勝てるレベルのモンスターでないことは肌で感じられる。
ヤツはエリアを嘗め回すようにして眺めたあと、そのままずるずるとどこかへ行った。
「ふぅう……」
長い息を吐いたのは誰だろう。緊張の解けたみんなは、床に座り込んだ。
「あの化け物、まだワシらを探しておったか……」
「何なの? あれ。知ってるみたいだけど」
ドンツの呟きにアトは質問をぶつけた。ドンツは疲れた顔をして答える。
「あれは“石蛇”じゃよ。我ら石工は他のモンスターは知らんが、石にまつわるモンスターについては教えられる。造形も参考になるしな」
「じゃあ、そのまんま、石で出来た蛇ってこと……?」
「そうじゃな。ただ、“動く彫像”とは違うんじゃ。あれはストーンゴーレムと一緒で簡単な命令をこなすだけのもの。“石蛇”は知性を持って狩りをするモンスターじゃ」
アトは二種類のモンスターを思い返してみた。確かに“動く彫像”の方は単調な動きしかしていなかった。だからこそアトの拙い<物体操作>でも倒せたのだ。だが、さっきの“石蛇”の動きは違う。獲物を探すなめらかな動き。
「この迷宮のボスモンスターなのかな? それで、さっきの話なんですが、どうして皆さんはここに?」
「ああ、それじゃ。実はな、先日手伝ったもらった崩落現場。あそこに大穴が空いてしまっての。ちょすあのためにワシが飛び込んだんじゃが、ここに繋がっとったってわけよ」
「へええ。迷宮の別入り口ができたってことかな」
「んで、ワシを引っ張り上げるためにみんなも来てくれたまではよかったんじゃがの。どうも入ったら出られんようになってしもうて。戻るための縄梯子をあの“石蛇”に潰されてしもうたのがまずかった。あとはバラバラに分かれて逃げるしかなかった……」
ドンツは肩を落とした。そう言えばここに居る石工だけでは数が少なすぎる。
「入り口らしいところを見つけたんじゃが、これもまた内側から開かんくてな」
「ああ! 冒険者ギルドによる封印!」
あの光の鎖があるために、内側から開かなかったのだ。それなら、アトが入った今ならば。
「私が入ってきたから、今なら出られる……?」
ばっと石工達の顔が上がった。その顔に希望の炎が灯る。抜けかけていた力と魂を引き戻し、ドンツ達は立ちあがった。
「嬢ちゃん、入り口への道って分かるかい?」
「マップも書いてるし、大丈夫」
「案内を頼めるか?」
「もちろん!」
アトは笑顔で頷いた。こういった人助けも冒険者の仕事だよね。
急ごしらえのパーティは、行動を開始した。石工五人にアト。戦闘力としては“動く彫像”程度は問題ない。実際、アトが彫像の脚を撃ち抜いたあとはめった打ちで倒せるほどだ。
問題は“石蛇”だ。今はどのあたりを徘徊しているのか分からないが、出会いたくないものだ。
途中何回か“動く彫像”との遭遇はあったものの、一行は入り口までたどり着くことができた。不意を打たれないよう、周囲を警戒しながら進む。見える範囲には“石蛇”は居ない。
「うん……。開くね」
アトが扉を内側から押せば、難なく開いた。ドンツ達に安堵の表情が拡がる。扉を開けたまま押さえるアトの横を、どんどん石工さん達が通り過ぎて行く。
最後まで脱出したのはドンツだった。
「嬢ちゃん、ありがとな。また助けられた」
「これも冒険者の仕事です」
「ぜひお礼をさせてくれな」
そう言ってドンツが扉を潜り抜けていく。その背が見えなくなったあたりで、アトは扉を離した。入り口が閉まっていく。これでドンツ達は外から入ることはできないだろう。
アトは、脱出しなかった。
ふう、と大きく息をつく。
「来て、“イドラ”」
冒険者ライセンスから粒子が吹き上がり、森獣の形を造り上げる。アトのすぐそばに座ったイドラが、すぐに現れた。
なんとなくだが、不思議そうな顔をしているように見えた。
『貴公は、脱出しないのか? 彼らはもう脱出したのであろう?』
「うん。一つ目の目標はクリアだよね」
『ほう……?』
アトは装備を確認し始めた。まだやれる。
飲み物食べ物は分け与えたので底を尽いているが、日をまたぐほど時間をかけるつもりもない。
よし、と心の中で気合いを入れる。
アトは森獣イドラと正面から向きあった。
「お金を稼ぐために、生きてくために冒険者やってるわけだけどさ。冒険者やるなら、できるかぎりちゃんとやりたいわけ」
イドラは返事をしない。分からないのかもしれない。でも、それでもいい。
握手は出来ないが、アトはイドラの顔に触れた。ひんやりと冷たい感触がする。
「残された人たちも助けたい。――――力を貸して、イドラ」




