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25話「せんと おぶ ねいちゃー」

 <アズースの石切り場>は相変わらず人気が無かった。昨日と同じく時折出て来る“動く彫像”を倒しながら、奥へと向かう。ここ数日で入り浸っているので、だいたいどのあたりが広くて人がいないのか、アトにはよく分かっているのだ。


 アトは広い空間に出ると、周りを見渡した。人影無し。

 自分のポーチと装備を確認する。低位だがポーションは持っている。直剣は出る前に砥ぎにも出してある。大丈夫。<物体操作(キネシス)>で射出する用のシロタイト石も十分だ。


「よし、やるよ!」


 アトは自分の両頬を張ると気合いを入れた。懐から冒険者ライセンスを取り出す。ふううと長く細い息を吐いた。


 従魔召喚を、行うのだ。


 冒険者カードの従魔のページを見れば、召喚可能な従魔が示されている。簡易的なステータスも表示されている。森獣イドラ、レベル63。アトのレベル3からすると異常な数値だ。


 もしも危なくなったら召喚を解除しよう。そう硬く心に決めて、ライセンスを構える。

 自分の体の中から、何かの繋がりが通じていくのがわかる。アトはそれを引っ張るようにして、呼びかけた。


「出てきなさい! 森獣イドラ!!」


 ぱんぱんに詰まっている箱を開けた気分。これだけのものがどうやって入っていたんだろう。ぶわっと一気に黄色い燐光が噴き出した。渦巻くようにして集束すると、獣の形を造っていく。

 火の粉が弾けるようにして、黄色の燐光が弾けた後に、森獣イドラは座していた。


「え、あ……、よ、よろしくね?」


 遠く空を見ていた森獣イドラがアトを見る。思いの他優しい瞳に、アトは不思議な感じを覚えた。

 美しい毛並みにもう傷は無く、エンキが撃ち抜いた脚も問題が無さそうに見えた。森獣イドラはふっと口もとを弛ませた。スン、と鼻を利かせる。


『貴公からは、大地の匂いがする。芽吹き、花開く匂いだ』


 そう言われて、アトは少し嫌な顔になった。他の人が言われると喜んだかもしれないが、アトにとって自然にまみれた過去というのはあまり良い思い出はない。

 確かに多くの作物を育て、刈り入れてきたアトは自然の匂いがすると言えよう。だが、それは褒められることではない。アトは人より二倍も三倍も働かなくては、居場所がなかったのだ。


 言い返そうと思ったが、アトはふと別のことに気付いてそちらに気を取られた。


「うっわ、あなたって喋れたの!?」


『喋っているわけではない。おそらく従魔の繋がりを通じて解読されているだけであろう。他の皆には聞こえんよ』


 森獣イドラは苦笑していた。


『ともあれ、感謝を述べよう。我はあの忌まわしき迷宮(ダンジョン)に囚われていた。貴公はそこから解放してくれたのだ。貴公の生あるうちは仕えることにしよう』


「囚われ……解放……、あの、黒い手みたいなやつ?」


 アトの脳裏には、森獣イドラを触れて見た過去の光景が浮かんでいた。ボスモンスターって、迷宮(ダンジョン)が生み出してて自然発生しているものじゃないの? なんか今すごいこと聞いたような気がするけど、聞かなかった振りをしておこう。


「じゃあ、これからよろしくね! イドラ……でいいのかな?」


『好きに呼ぶが良い』


 アトは小さく歓声を上げながら、森獣イドラの周りをぐるぐると回る。しなやかな肉食獣のフォルム、突き出た神秘的な角のような枝。尻尾は長く、地面に優雅に垂れているが汚れた様子はない。おそるおそる触れてみると、若干の暖かさがあった。だが、湿った早朝の朝のような温度で、すこしひんやりしているのが気持ちいい。


 アトは胸をなでおろした。いろいろ準備していたが、使わずに済んだのだ。ちょっと死の危険も感じていただけに、少し気持ちがハイになる。これはものすごい戦力が手に入ったんじゃないかしら。


 不意に森獣イドラが立ち上がった。耳を立てると、警戒した視線を入ってきたあたりに向けていた。


「どしたの?」


『誰か来る……』


「おわわ。騒ぎになるし、戻ってて!」


 アトが慌てて冒険者ライセンスを振って見せた。森獣イドラは不思議そうにしていたが、素直に金の粒子になって戻っていく。


 森獣イドラが消えて少しすると、アトにもわかるくらいバタバタという足音が聞こえてきた。それも一人二人ではなく、複数だ。

 何だか荒々しい足音。もしかすると攻略に来たアトと同じ冒険者じゃなくて、盗賊とか強盗とかもうちょっと危険な人種だったりして。

 森獣イドラを戻したのは失敗だったかな?

 思わず冒険者ライセンスを握りしめるが、何か行動を起こす前に、足音の正体が顔を見せた。


「あれ……?」


「おお? もしかして、嬢ちゃんか!? なんと!!」


 どたどたと走ってきたのは、昨日崩落の手伝いをした石工さんだった。他にも四人ほど同じ石工さんがおり、だんごのように固まって走ってきていたのだ。


「どうしたドンツ! また敵か!?」


「クソッ! マジかよ!!」


 どうやら昨日仲良くなった石工さんはドンツと言うらしい。動きを見るに、リーダー格だ。

 石工さん達は各々持っていたハンマーや石の棍棒を鼻息荒く構えた。殺さんばかりの勢いに、アトの肝が冷えた。


「いや、待て皆。この人は昨日手伝ってくれた冒険者さんだろ。よく見ろ!」


「おお! 本当じゃ! 助かった……!」


 石工さん達は崩れ落ちるように座り込んだ。アトは皆に手持ちの水筒や携帯食を差し出した。まるで高級品のように受け取る端から胃に収めていく石工さん達。

 よく見れば、どう見ても迷宮(ダンジョン)を攻略する装備ではない。作業着のまま、ポーチや袋も持っていない。手に持っている武器も作業道具か、ダンジョンで拾ったであろう石材を荒く加工したものだ。

 そんな集団が、そこかしこに傷を負いながら座り込んでいる。


 嫌な予感がする。


「どうして皆さんは、迷宮(ダンジョン)探索をしてるんです?」


 アトは問いかけた。ドンツは疲れた顔を上げると、零すように呟いた。


「それはな……」

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