24話「のっつ おぶ ぱすと」
村の宿は快適だ。雨風がしのげ、寝台がある。質素だが手入れの行き届いた寝具はカビ臭くなく、気持ちがいい。毎日お客がいない間に干しているのだろう。
灯りも贅沢に油一皿分もつけてくれている。油皿から出ている芯が燃えて、仄かな明るさを部屋に提供していた。ランクの低い宿だとこの灯りもつかず、夜になれば寝るしかないということもよくある話だけに、ここの宿はずいぶん力をいれていると言えよう。
たぶん、石工さんたちが利用するから潤っているのかな?
アトは寝台に腰かけると、灯りをそっと消した。窓から入ってくる月明りが代わりに室内に差し込んでくる。しばらくするとその暗闇にも目が慣れてきた。
「やっぱり……“視”える」
アトは呟いた。
アトの視界には二つの月が放つ黄色と緑色の光の他に、青色の輝きが視えていた。まるで物体自身が燃え上がるように、輪郭に沿って輝いている。
これは昼間だろうが夜だろうがアトに見えるようになった現象だ。どこにも燃え移らないし、熱くもなさそうなので、炎ではない。何となくアトは感じていた。この前のシアンとの酒場の一件から、この青い燐光は視えるようになったのだ。
アトは燐光を放つ枕に触れた。
――――
さんさんと照り付ける太陽に向かって放り投げられる私。
何度かはたかれて気持ち悪い埃を出すと、あとはそっと物干し台にかけられる。
じっと太陽に干される時間が続く。
――――
アトは確信した。
これは<過去視>が存在する証なのだ。この青い燐光は過去との【接合点】。触れれば視える。
何が原因かは分からないが、シアンの話で技能のことを理解したからだろう。それ以外に理由はわからない。<過去視>のレベルは上がっていないし。いうなればアトのレベルが上がったくらいだろうか。
見渡してみると、宿の部屋の中にいくつか【接合点】が視えた。
ドアノブ。荷物入れるための木箱。そして天井の梁。
たぶん部屋の掃除とかをしてくれた時の風景が視えるんだろう。
でも、手の届かない天井の梁にどんな過去があるのかちょっと気になったり。
この【接合点】。心の準備ができるという点では、さらに<過去視>が使いやすくなったというべきか。アトにとってはあまりうれしくないのだけれど。
ぐっすり寝た翌日も、再び<アズースの石切り場>に向かう。宿代を相殺するためにも、もう少しシロタイト石を集めてから中央都市に戻りたい。
「あれ……? なんだか静か……」
アトは異常を感じとった。<アズースの石切り場>が静かだった。いつもなら作業をしている音や石の破砕音が聞こえているはずなのだ。休憩時間とは違い、作業員すら一人もいない。
「何かあったのかな?」
とりあえずいつもの迷宮入り口まで進む。昨日の崩落跡もかなりきれいに片付いていて、作業も再開できそうに思えるのだけれど。
じっと見てみると、作業道具を置いてあるあたりが青く輝いている。触れるかどうか迷ったが、気になるので視ることにした。
――――
「おおおい。ドンツの野郎を知らないか? さっきから姿が見えねえんだがよ!」
コワイ彼の顔には似合わないような、丁寧な片付け方をされた私。屈強な石工は苦い顔をしたまま、周りに大声で呼びかける。
「崩落現場の上の壁みてくるって言ってましたぜ。もしかして、腹減ってこっそりメシでも食ってんじゃないっすかね」
「それとも酒かもな!」
「ちげぇねえ! ガハハハハ!」
石工達の明るい笑い声が響く。最初に呼びかけた彼は、しょうがねえなあと呟きながら仲間たちのもとへと戻っていった。
――――
「…………?」
アトは首を傾げた。どのタイミングかは分からないけれど、確かにみんなは作業していたのだ。まあ、みんなでご飯に行っているのかもしれない。他に【接合点】を探してみるが、近場には見当たらなかった。
「やりたいこともあるし迷宮に行くことにしますか。誰もいないなら、あれができるしね」
あまり目立たない程度に昨日までは技能の練習をしていたが、アトにはもう一つやりたいことがあった。
冒険者ライセンスに従魔として登録されている「森獣イドラ」の召喚だ。普通の冒険者なら、従魔を手に入れたらすぐに召喚したり、戦闘にどう使えるかを確認したりするのだろうけど。
いや、これ出したらどうなるかコワイじゃない?
そうなのだ。従魔になったとはいえ、呼び出した瞬間にガオーってされる可能性はないだろうか。それだけならまだしも、ちょっと暴れただけで街が壊れるということがあっても困る。
呼び出すに至って問題がないことを確認しておきたいのだ。
「それに……。やっぱり人目のあるところで呼び出すと大騒ぎになっちゃうよね?」
誰にともなくアトは呟いた。そんな予感だけはするのだ。
アトは迷宮の入り口に辿り着くと、光の鎖を冒険者ライセンスで解除した。




