21話「ぱすと ゔぃじょん」
個人的な趣味の解説回です。ゆっくり進むストーリーですが、おつきあい頂ければ幸いです。
中央都市の路地を夕方の風が吹き抜ける。傾き、赤く染まっていく街並みはこれからの夜を感じさせていた。
アトはそんな中、シアンと待ち合わせた酒場兼食事場へと来ていた。
中央都市にはこういった食事を提供する場所が多く存在する。それというのも、市内でキッチンが使える家というのは限られるからだ。大きな貴族の邸宅か、人と関わりたくない偏屈者の家である。
だいたいの家は酒場で食事を済ませるか、露店でおかずやパンを買って帰るという流れになる。
「おや、待たせたかね」
そんなことを言いながら、シアンがゆったりと現れた。さっそく二人して店に入る。
こういった都会の酒場でも、アトが育った田舎の酒場と雰囲気は変わらない。
大きな木製の丸テーブル、ひげもじゃのおじさんの笑い声、エール入りカップがぶつかりあう音。
店員さんが案内してくれた席に座ると、二人はひとまず注文を済ませた。
「ひとまずはお疲れさま。簡単なクエストだと思ったんだがね」
「うん。お疲れさま」
シアンは届いた料理に口を付けながら苦笑して言った。アトも飲み物を飲みながら応えた。
アセイドラ森林回廊の攻略について。
壁画のスケッチについてはクリアした。いちおう森獣イドラのスケッチも提出している。まあ、実物はアトの冒険者ライセンスの中にいるのだけど。その報酬での打ち上げというわけだ。
そしてどうやら森獣イドラを攻略した時点で何故かクリアとみなされたらしい。あの後クリア報酬の宝箱が出現したのだ。アトもシアンもボロボロだったので、とりあえず中身だけ回収して戻ってきたのだ。
「それにしても、どうしてクリアになったんだろうね。ボス部屋のあの壁画で囲まれた石室内じゃないの?」
「ふむ。それについてはいくつか可能性が思いつくが……。ボクが一番可能性が高いと思うのは、あの森獣が条件を満たさないと出ない“隠しボス”の可能性だ」
「“隠しボス”……」
「そもそもヒントはあったんだ。壁画がストーリー仕立てになっていることもそうだし、途中の回廊についても石室のボスと違うモンスターと戦闘したことをにおわせる痕跡があった。まあ、かなりイレギュラーな出現のさせ方をしたことに代わりはないだろうけどね」
アトの手が止まる。ロブフェットのことを思い出したのだ。黒いカードを使い、ボスを召喚した彼を。
状況の説明のために、エンキは彼の残った死体を持ち帰っていた。どう取り調べるかは分からないが。
「しかし、君の技能はおもしろいな」
アトの体がぎくりと強張る。
「そんなに……いいもんじゃないよ」
「いや、悪いね、アト。こういう面白いものを前にするとボクは好奇心が抑えられなくなるんだ」
フォークを目の前で振りながらシアンは言う。いつのまにか彼女の白衣は椅子の背に掛けられていた。濡れたような瞳を向けられると、同性ながらどきどきしてしまう。
アトが<過去視>を使えることは、彼女にもう知られてしまっている。それならば、賢い彼女に気になることを聞いてしまおうか?
「この技能はオンとオフを切り替えられる。だけど、オンの時だって何でも見られるわけじゃない。それは、どうしてだかわかる?」
アトがオンとオフを切り替えられるようになるまでは、ずっとオンのままだった。今よりは多かったが、何かを触るたびに毎度過去を視ていたわけではない。ずっと気になっていたのだ。
シアンはその話を聞くと、少し悩んだ上で答えた。
「検証したわけでもないし、調査したわけでもないから、これはボクの憶測になる」
「うん」
「さて、それじゃあ君が読み取っている“過去”は、どこに保存されているのだろうね」
「どこって、触れたモノに……」
「だが、それは本や絵画と違って目に見えるモノとして残されているわけではない。目に見えない何かによって、そのモノに残ってるというわけだ。それは魔力かもしれないし、世界の雫かもしれない。そこでだ、見たまえ」
シアンは頼んだオレンジジュースを一滴だけ水の入ったグラスに入れた。
「これはオレンジジュースかな?」
「いや、水じゃない」
シアンはさらにオレンジジュースを少しずつ注いでいく。まざりあっていく水とオレンジジュース。
「どの段階で気付くレベルになるかはわからない。だが、過去の雫がこうやって溶け込んでいるのだろうね。強い思いや、重要な情報ほど雫が多かったり、濃かったりするのだろうね」
ほら、強烈な思い出ほどいつまでも薄まらないだろう?
喋り切って満足したのか、シアンは混ざった液体を飲み干した。美味しくなさそうにしていたのが笑える。
「過去の雫……か」
アトは<過去視>をオンにすると飲み干されたばかりのグラスに触れてみた。何も、視えない。
なるほど。そういうものかもしれない。




