20話「めいく あ こんとらくと」
「ねえ、ちょっと教えて。さっき召喚してたのって従魔だよね」
アトはエンキの襟首をつかみ、問いかける。鎧馬のディアト、今はゴーレムの素材になったルクセト。あと一匹はどこなんだろう。
「あれ……? もう一体召喚してた気が」
「それはコイツだ」
エンキがそう言って示したのは、大型の槍だ。たしかに何かの殻のような雰囲気をしているが、まさかこの槍自体がモンスターだとは思わなかった。
「なるほど……。じゃあ、あなたはモンスターを従魔にするやり方を知っているってことでしょ?」
「……? ……ッ!? バカか!?」
エンキの目が見開かれた。ここまで言えば、アトが何を言いたいのかが分かったのだろう。
その通り。アトの狙いは森獣イドラを従魔にすることだ。
膠着し続ければいずれ生身として貧弱な私達が先にミスをするだろう。その前に勢いで押し切る。動ける今のうちに。アトには何となく今動かなければ終わってしまう予感がしていた。未来視は無いと言うのに。
「いいから! 教えて!」
エンキはしばらく迷っていた。自分が戦うつもりなのか、何とか立ち上がろうとするも、やはり膝をついてしまう。傷はふさがりつつあるものの、まだ戦えるようなコンディションじゃないのだ。
改めてアトの眼を見て、ため息を吐く。
「冒険者ライセンスを出せ。従魔の頁を開いて寄越せ」
慌ててアトは懐から冒険者ライセンスを取り出す。エンキが掌を上にして差し出すその上に置いた。エンキはライセンスを眉を寄せながら操作した。これ、他人が操作できるんだ。知らなかった。
「ここだ。決定はオマエにしか押せないからな。その状態で冒険者ライセンスであのバケモノに触れるだけだ。相手の体力が減っていて、屈服すれば従魔にできる。簡単だろ?」
エンキの一言は嫌味なのだろう。だが、今のアトには響かない。
むしろ、言葉通りだ。
にっ、と不敵な笑顔を作って見せる。エンキが言葉を詰まらせた。
「なあんだ、そんな程度のことでいいんだ。楽勝ってね!」
冒険者ライセンスを受け取る。握りしめた手が熱い。
視線をやればこの苦難を楽しそうにして笑うシアンの姿があった。負けてられない。
震えるな脚。
臆するな心。
獣との戦いはレベルじゃない。心折れた者が敗者だ。
「行くよッ!!」
アトは踏み出した。初めの数歩はゆっくりと。しだいに速く大きく駆け出して征く。
シアンがアトに気付いた。
「アト! 君は何をする気だい!」
「シアン! ゴーレムの背中、乗れる!?」
説明などしない。それでもシアンは分かってくれる。
「ふむ、合わせてみせよう! 突っ込むといい!!」
魔力、なのだろうか。シアンの体からさらに何かが吹き上がる。弐号の動きが目に見えて加速した。一次的に森獣イドラが受け身に回る。地響きがする中、アトは突っ込んだ。
弐号にしがみつくために、思いっきりジャンプ。それに合わせて、弐号が地面を思いっきりたたきつけてシェイクする。森獣に一瞬のスタンを与える。
しがみついた。
弐号はそれなりに起伏がある。全力で肩までよじ登る。足場確保。突起部分をしっかり両手で握る。今からやることに両手は使う必要はない。
「私自身が、砲台に―――ッ!!」
弾丸ならそこらに転がっている。森獣が打ち出した後放置されている枝槍だ。
掴んだ。タイミングを合わせるなんて芸当は出来ない。とにかく掴んでは森獣に向かって動かし続ける。
弐号は依然攻撃を続けている。身体中を襲う勢いは吐きそうなほどだし。でもここじゃないとうまく狙えないし。後ろの方で馬鹿みたいに笑い声を上げているのはシアンに違いない。涙が出そう。
オオオオオオオオオオオオオオオン。
森獣イドラの咆哮。
まるで赤い影。揺らめくオーラを纏ったように見えた瞬間に、森獣は弐号を振り切った。
赤い線としか残像が映らぬ速度。一本の槍となって弐号に迫る。
森獣は弐号のガードする腕ごと、その胴体をぶち抜いた。
ルクセトくんの最期と同じ亀裂。弐号が死ぬ。衝撃にアトの身体が空中に放り出される。
だけど、知ってた。
森獣イドラの方がレベルが高い。こっちがやられることは、分かってた!
「――――ここぉッ!!」
弐号の残骸を<物体操作>する。
森獣の上半身に集中的に、降り注ぐように。
「ぎッ!?」
アトの体が地面に叩きつけられた。天も地もよくわからないまま、地面を転がる。
――――
――――
頭が痛い。ぬるっとしているのは血かな。左腕が動かない。動かそうとすると痛い。
だけど、うまくいった。
目の前には上半身を弐号の残骸に埋められた森獣の姿があった。
撃破の瞬間に気が緩んでいなければ、森獣を埋めることはできなかっただろう。弐号の素材は重い。上から圧し掛かられれば動くことは難しい。それでも森獣はもがく。埋まってない下半身は自由なのだ、踏ん張って跳ねのけようとしている。
「ッらああああああッ!!!」
そこにエンキが投擲した大槍が突き刺さった。逃げるための脚を封じる。
アトは立ち上がった。アトの直剣がどこにあるのか“視えて”いる。<物体操作>で手元に寄せた。まだ動く右手で掴む。
荒い獣の息が聞こえる。露出している目の部分が、アトを睨みつける。
猪と比べて悪いが、獣との戦いは目を逸らさないこと。
アトは一歩一歩近づいていく。
森獣は動けない。
森獣の枝槍を撃つ魔術は、アトには通じない。
プレッシャーをかける視線に、アトはひるまない。
歯を食いしばり、アトは痛む左手に持った冒険者ライセンスを森獣に叩きつけた。
――――光が。
――――
景色が疾風のように過ぎ去っていく。
人間には出せぬ速度で、森を駆ける私。
森が、燃えていた。
森が、切り倒されていた。
蹂躙され、文明に吞み込まれる森。
戦った。
戦い続けた。
いつしか仲間はいなくなり。
故郷の森も滅んだ。
森を転々とうつろい、行く先々で抗った。
いつの時か、大きな黒い手が私を捕まえていた。
戦った。否、戦うように体が動いた。
違う。これは私の意思じゃない。
ここから、出せ。ここから解き放て。
光が。
――――
知らぬうちにアトの頬を涙が流れていた。
とても森が静か。鳥の声すら聞こえない。
弐号の残骸の中には、もう森獣の姿は無かった。アトは自分のライセンスの中に森獣が存在することを感じていた。




