1話「みならいぼうけんしゃ ぶきを みる」
掲げた手に、薄青く透明なカード。冒険者ライセンスだ!
アトはにんまりと笑った。
大陸文字でアトの名前が入っている。その隣に表記されているのはレベルだ。レベル1。
冒険者になったのだ。「見習い」とつくのはこの際よしとしよう。
<技能>の欄には、一つだけ記されている。アトの顔が曇った。
アトはこの技能のことを知っていた。
ずっと、前から、知っていた。
気持ちが暗くなりそうになったアトは、気分を切り替えることにした。
「ええと、まずは武器と防具、かなぁ?」
口に出して確認する。今何も装備品を持っていない。それを揃えるのが先だと思う。
アトはライセンスを発光してもらう時に受けた説明を思い出す。
ライセンスに付随する権利として、武器と防具の無償貸与というものがある。冒険者ギルドと鍛冶師ギルドが提携して、見習い鍛冶師の製作した武器や防具をプレゼントしてくれるのだ。
アトにとってこれはとても助かる。武器や防具というのはやはりお金がかかるものなのだ。
中央都市の雑踏を歩く。
目当ての武器屋はすぐに見つかった。おそるおそる扉を開けて入る。中にはスキンヘッドでムキムキなおじさんがどーんと座っていた。
じろりとアトを見ると、ニカっと笑った。
「らっしゃい! 嬢ちゃん、何か用かい?」
「あ、あの、これ!」
アトは慌てて見習い冒険者ライセンスを見せた。武器屋のおじさんは「おっ」という顔になる。
「へぇえ嬢ちゃん冒険者の卵ってワケだ! ガハハ。見習いは武器を無償で提供することになっとる! 確かここらのが……」
おじさんは店の奥から大きな布包みを持ってくると、カウンターに広げていく。いくつもの武器がアトの目の前に転がった。
「嬢ちゃんも知っとると思うが、ここらにあるのは鍛冶ギルドの若造どもが打ったやつだ。まあ、性能がいいとは言えんが、存分に使ってくれ!」
ガッハッハと豪快に笑う声がデカい。頭がキーンとなる。目を回しそうになりながら武器を手に取る。
広げられた布の上に、何本もの剣が並んでいた。
基本的にはシンプルな直剣が多い。刃も細身で使いやすそうだ。短剣や根本が太い剣も交じっているが、大体の意匠は同じになっている。
アトはそのうちの一つを手に取った。刃は研ぎ澄まされた白銀。とっても斬れそうに見える。
――――
鎚打つ音。炉の赤。真剣な顔で私を打つは若者。
熱されて真っ赤になったこの身を水に浸す。
視界が水没して、ジュウっという音。
「おお。いい出来じゃねえか」
「ありがとうございます! でも親方、ホントにいいんですか?」
「何がだよ」
「クレイ鉱で打った剣なんて、打ち合った一合目でボロボロですよ」
「いいんだよ、それで。よこせ、新品に見えるよう俺が仕上げする」
持ち上げられて、私は彼を見下ろした。
――――
「―――ッ!?」
視えた。この剣が、まさか……!?
アトは剣から手を離すと、思わず一歩後ずさる。
今見えた幻視を、アトは幻覚だと笑い飛ばせない。
<過去視>。
それがアトの持つ<技能>。触れた物体の過去を読み取ることができるのだ。
アトは自分がこの技能を持っていることを知っていた。長年かけてオン・オフの制御ができるほどに付き合ってきた。ただ、あの老婆には明かすつもりはなかっただけだ。
お婆さんには悪いけど、この技能を知られていいことは無い気がするのよね。
とにかく、コレはどうしたものかなあ。
アトは目の前の剣を改めて見た。どう見ても新品の剣だ。
うーん……。ま、悩んでも仕方ない。クレイ鉱で出来てることにも何か意味があるんでしょうし。分からにことは聞けばいいの。
アトは悩むのをやめた。
「店主さん。一つ聞いていい?」
「何だい嬢ちゃん」
「どうしてクレイ鉱で作った剣を見習いに渡すの? 一打ちで欠けてしまったら危なくない?」
武器屋の雰囲気が一変した。
さっきまでのは営業スマイルだったのね。
「どうしてわかった?」
「教えない。仕上げは店主さんがやったんでしょ?」
「そこまでわかりやがるのか……」
「私は武器が欲しいの! 見習い冒険者としてやっていける武器が。やっぱり買わなくちゃだめ?」
「ククク……。ガッハッハ! こりゃ一本取られた。最初見たときはとろくさい嬢ちゃんだと思ったけどな。なるほど。冒険者を目指すわけだ!」
いや、笑ってないで武器が欲しいんだけど。
あと、とろくさいって何? ひどすぎない?
こちらのぶすっとした顔にも、店主は涼しい顔だ。
「よぉし、俺が選んでやろう。お嬢ちゃん、武器を使ったことは?」
「薪割り用のナタなら。あと狩猟用の弓をちょっと。上手く飛ばなかったけど」
薪割りには自信がある。<薪割り術>があるなら所持してると思うほどだ。弓はイノシシ狩りにちょこっと参加した時に触らせてもらった。弓は引いたものの。飛ぶというか、手元でバラけてしまい、なんだこれ? となった思い出がある。
「なら、コレがいいな。古臭い直剣に見えるが、低位の<剣術>が付与されている希少品だ。これなら嬢ちゃんでも振るうことができるだろうよ」
へえ。これがねえ。
アトは店主が手渡してきた剣を受け取る。なんの変哲もない剣に見えるが、握ってみると軽く感じる。上手く斬れそうな気がした。こっそりと<過去視>で視てみたが、不審な点はなかった。
ついでに鞘と防具も一式そろえてもらう。重くて身動きが取れないと危ないので、重要な部位をカバーした革鎧。ようやく村娘から、見習い冒険者と言える恰好になった。
「嬢ちゃん、生きてまた来いよ」
「今度はクレイ鉱じゃない剣を買うことにするわ」
アトは店主のデカい笑い声に見送られ、武器屋を後にした。