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18話「ふぉれすと くらいしす」

 獣が吼えた。

 天に向かって、長く、美しく。


 そこからは一瞬の連続だ。

 エンキがアトの方に駆け寄りながら、冒険者ライセンスを取り出す。掲げたライセンスが光り輝いた。


「来い! “ディアト”、“ルクセト”、“アシュター”!!」


 エンキの冒険者ライセンスから光の粒子が噴き出す。そのままモンスターの形になる。鎧を付けた大きな馬型モンスターと、大きな鉄っぽい材質の球体だ。球体モンスターはまるで水滴みたいにぶよぶよと形を変えながらアトとシアンの前にやってくる。


「ぎゃあああひいいいいいいいぃい!?」


 苦痛の声。

 獣が動いていた。その口に何かをくわえている。消えたはずのロブフェットだ。胴体にがっちりと噛み付かれ、血があふれていた。すでに内臓にまで達してるだろう。

 獣は隠蔽(ハイディング)を看破し、逃げようとしたロブフェットを捕らえたのだ。さらに二度、三度と噛み付くと、振り回して放り投げる。もはや息絶えたロブフェットには興味を示さない。


「オマエら! 下手に動くなよ!!」


 エンキに言われるまでもない。一番に狙われなかったのは運がよかっただけだ。

 エンキはいつの間にかあの鎧馬に騎乗していた。鞍に設置されていた大型の槍を手に取る。油断なく構え、切っ先を獣に向けた。

 そこで初めて獣は警戒心を見せた。ゆるりと尻尾を巡らせ、エンキに向き合う。


 アトは気付いていた。エンキにとって、自分たちが足手まといだということに。

 そばにいるシアンに、小声で問いかける。


「シアン、どうにかして私達は逃げられないかな。足手まといになってる」


「下手に動くと先に狙われかねないね。このモンスター君が守ってくれるようだが……。とはいえ、弐号くんを創るほどの素材もない……。彼に期待するしかない」


 シアンの頬を汗が伝っていく。緊張の汗だ。


「何か、何かない……?」


 アトが持っている道具は大したものはない。直剣に低位の回復ポーション、どちらも頼りない。あとは<過去視(パスト・ヴィジョン)>と<物体操作(キネシス)>だけだ。


 ふと、シアンに肩を叩かれた。振り向く。


「アト。あのスケッチにもあのモンスターと同じ絵が描かれていたように思うんだが、あのスケッチはどうしたんだい?」


「あれ、壁画の過去を見て、描かれてたやつなの。壁画からは剥がれ落ちて見えなくなってた部分」


「……あの壁画はストーリー仕立てになっていた。多くの人達が強大なモンスターを倒す壁画だ」


 シアンはアトの両肩を強く掴む。


「あのモンスターは過去にも現れ、倒されている! 君が過去を“視る”というなら、倒すためのヒントを視るんだ!」


 シアンの強い言葉。アトの体に喝が入る。

 二人の視線は壁画に吸い寄せられた。もし視るとしたら、あそこまで行かねばならない。


 二人には金属音が聞こえていた。エンキと獣はすでに激烈な戦いを繰り広げているのだ。そうは言っても、エンキが防戦一方。縦横無尽に駆ける獣に対し、追いつけない。時折何度か反撃を試みるが、容易く避けられているのだ。

 迷っている暇はない。エンキが倒れる前に、行かねばならない。


「行こう、シアン!」


 アトはそろりそろりと移動を始めた。アトとシアンが動くたびに、鉄の粘体モンスター(ルクセト)くんがついてきてくれる。

 獣が吼えた。あと少しで辿り着くという時になって、二人に気付いたのだ。いや、最初から気付いていたのかもしれない。

 咆哮が引鉄となって、いずこからか太い枝槍が撃ち出された。この獣、魔術まで使うの!?

 ルクセトくんがぐっと力を込める。ズドンズドンという音は腹に響くほど。守ってくれている。今しかない!


 ごめんね!

 連続して防御する音が聞こえる。あの獣、こっちが何をしようとしているのか看破しているのだ。違いない。ルクセトくんに心の中で謝りながら、壁画まで走る。<過去視(パスト・ヴィジョン)>をオンにした。


 触れる。


 ――――

 壁画の完成を祝う人達。

 ――――


 違う!

 すぐに隣の壁画に触れる。


 ――――

 壁画を眺める人達。だれもが安心した顔を。

 ――――


 違う!!

 隣の壁画に。


 ――――


 屍が。

 多くの屍が見える。

 すべての犠牲は目的の達成のためのものなのだ。

 叫び声が。


「クソッ! 痛ぇ!!」


「まだか!? まだできないのか!?」


「いや、できてる! 描き切った! 目を入れたぞ!!」


 私によりかかる人が、何とか立ち上がろうとしていた。遠くを見れば、暴れる獣がいた。多くの兵士に囲まれている。蹴散らすもまるで死兵のごとく群がっている兵士たち。


「剥がせ! 封印だ!!」


 隣の壁画の前に魔術師だろう風体を男が立った。杖を掲げ、朗々と声をあげる。


森獣(しんじゅう)イドラよ。真なる姿は写し身にあり。写し身はまた真なり。わが魔力を持ってなさん! 剥がれよ存在! 存在封印(ディメンションシール)!」


 狂ったように獣――森獣イドラ――が暴れる。その身が色を失っていくのが見えた。少しずつ消えていく。


 ――――


「ッ!?」


 弾かれた。駄目だ、情報が足りない。何度も触れてみるが、それ以上<過去視>が発動する様子はない。


「アト、視えたのか!?」


「駄目! 分かったのは森獣イドラって名前くらい! あいつは倒されてなんかなくて、どうしようもなくて<存在封印(ディメンションシール)>とかいう技能(スキル)で封印されてただけで……!」


 あふれ出る情報を整理して話す余裕もない。シアンはそれでも理解したらしい。

 ヒントが役に立たないということを。


 ズドォンとひときわ大きな音がした。

 目の前のルクセトくんの背中に、木の杭の切っ先を見えていた。貫通しているのだ。空気がびりびりと震えた。声なき音はルクセトくんの悲鳴なのかもしれない。次の瞬間だった。ぴしりと亀裂が入り、ルクセトくんがバラバラに崩れ、ゴゴンと重い音を立てて落ちた。

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