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14話「でんじゃらす きゃらくたー」

 アトは描く。

 普段の記憶力はそれほどよくはないのだが、<過去視>で視た景色はほとんど忘れることはない。思い出したい時にすぐ思い浮かべることができた。一体どこに保存されているのだか。


 目の前の紙にその姿を重ね合わせ、毛先の跳ねた部分も残さず写していく。

 冷徹でいて知性を感じさせる瞳。鋭く尖った牙。躍動する四肢。狼に似たフォルムにして、頭から生える角のような枝がそうではないことを示していた。長い尻尾はまるで流れる風のよう。


 アトは最後の一線を描き終えた手を下ろした。

 

「できた……!」


 声すら聞こえそうなほどの出来栄えだ。

 紙に大写しに描かれた緑の獣。ペンとインクしかなかったから白黒なのが悔やまれる。


「ってあれ……。壁画じゃなくてこのモンスターしか写してないね、これ」


 うーん。せめて壁画の一部だとわかるように描かないと報酬はもらえないよね。


 悩むアトにすっと影が差した。シアンかと思って振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。

 座って描くアトの背後から絵を覗き込むように立っている。距離が近い。思わずアトは転がるようにして飛び退いた。


「だっ!? 誰!?」


「ああ、驚かしちゃったかな?」


 青年は困った困ったというふうに笑顔になると、地に落ちたアトの絵を拾い上げた。

 アトの脳内は混乱していた。この人は誰? この人はいつ来たの? なんで私のスケッチを見ているの?


「驚かしたならごめんね。君の絵が上手いもんでつい、ね。僕はロブフェット。君たちと同じ冒険者さ」


 ロブフェットはそう言って髪をかき上げた。甘いマスクというのだろうか、垂れ目がちで整った顔立ちをした青年だ。煌めく軽鎧は防御力が高そうに見える。使い込まれたガントレット、腰には大振りの短剣が見えた。緑色のマントも相まって、できる冒険者の匂いがする。

 にこやかに笑うロブフェットの顔に敵意は無い。アトは詰めていた息を吐いた。


「ロブフェット……さんは、どこに居たんですか?」


「僕かい? さっきここに来たばっかりなんだよ。壁画のスケッチをしにきたんだけど、君たちもかな?」


 そういってロブフェットは懐から紙とペンを取り出して見せた。アトは質問に答えるように頷く。


「そっかそっか。あ、僕に“さん”なんてつけなくていいよ。それで、君の名前は?」


「え、あ、アト……です」


「アトちゃんね。うんうん、かわいいね」


 なんだこの人。かなりぐいぐい来るな。

 ロブフェットは困っているアトの横に腰を下ろすと、自分の紙を広げた。画家のようにペンを立てて壁画をながめる。しばらくやっていたかと思うと、おもむろに描きはじめた。描きながらしゃべりかけてくる。


「アトちゃんは最近冒険者はじめたの?」


「ちょっと前に冒険者になったばっかりだけど……」


「そうかあ。それでこの迷宮(ダンジョン)まできたんだね。向こうで描いてた女の子はパーティメンバーかな」


 うんうんと頷くロブフェット。ちなみに絵の方はかなり下手だ。ミミズがのたくったのか、糸くずを描いたのかわからないものが出来上がっている。


「なったばっかりってことは、もしかして従魔契約とかもまだだったり?」


「従魔……。ギルドでそんなことができるって言ってた気がする……」


「じゃあお兄さんが教えてあげよう。冒険者になるとライセンスに従魔を登録することができる。モンスターを攻撃して殺さずに屈服させると登録することができるんだ。荷物運びに使ったり、騎士なんかは騎乗できるモンスターを従魔にしていたりするね」


「それは便利そう。乗れるモンスターかぁ」


 アトの脳裏に華麗に馬型モンスターを乗りこなし、剣を掲げた自分が思い描かれた。かっこいい。


「希少なモンスターを従魔にするとそれだけで戦力があがるからね。みんなどのモンスターを従魔にするのかは悩んだりするね」


「ロブフェットも従魔を持ってたりするの?」


「もちろんだよ。これが描き終わったら見せてあげよう」


 ロブフェットは勢いで描いていたが、やがてその筆を止めた。紙上は混沌としており、これ以上どう描いていいか悩んだようだ。


「ところで、アトちゃんが描いたモンスターは何だい? この壁画には描かれていないもののようだけど」


「ここ、壁画の崩れてる部分。ここに、こんなモンスターがいたかもしれないなぁっていう想像で……」


「それにしてもよくできてるね。今にも動きそうだよ」


 アトのかいた緑の獣を眺め、ロブフェットは独り言のように言った。あまりつっこまれても困る。アトはしどろもどろになった。

 困っているところに壁画を描き終えたシアンがやってくるのが見える。


「シアン」


「アト、その人は誰だい?」


「ええと、ロブフェットって言って私達と同じ冒険者。同じく壁画のスケッチにきたんだって」


「ふむ。ボクはシアンと言う。ここの迷宮(ダンジョン)は複数の入場ができるオープン(タイプ)ということか。さきほどの宝箱を空けたのも貴方かな?」


「宝箱? 僕じゃないよ」


 シアンは腕組みをすると考え込む。腕にのった胸が強調されて、同性ながら思わず目がいってしまう。


「じゃあやはり他にも入場者がいるということか」


「他にも……?」


 ロブフェットの顔つきが真剣なものになった。心配そうな声で、私達に告げる。


「君たち、こういうオープン型の迷宮(ダンジョン)の時は気を付けたほうがいい」


「え?」


「他の人の装備を剥ぎ取る強盗まがいの輩が出るのさ。時には殺してでもクエストアイテムを奪うヤツがね。自衛の手段を持つことが大事だよ」


 アトの脳裏にエンキの姿が浮かんだ。あの野蛮人。そういえば怪しい動きをしていた。


 さっきまで座っていたロブフェットが、いきなり立ち上がる。さっきまでのやさしい笑顔が、厳しい表情になっていた。一点を凝視している。

 視線の先を見ると、アトが思い浮かべていた人物が姿を見せていた。エンキだ。

 すでにエンキは抜き身の剣を携えていた。ぶらりと力をぬいて切っ先は下に向けているが、すでに武器を抜いているということは先手を取られているということだ。


 エンキはアト達三人を見ると、ドスの効いた声を出す。


「オマエ、そこで何やってんだ、あァ!?」

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