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13話「みゅーらる おぶ びーすと」

 アトは<過去視(パスト・ヴィジョン)>をオンにしたままにすることにした。

 何のためにエンキがこの迷宮(ダンジョン)に居るのかは分からないが、警戒するにこしたことはない。もしかすると私達を追いかけてきたのかとも思うけれど、まさかね。


 シアンはしばらく考えていたようだったが、やがて吹っ切れたようだった。


「とにかく進むとしようか。目的の壁画まではもう少しだろう」


「……まさかボス部屋の中にあったりとかは?」


「それだと難易度が高くなりすぎるだろう。アンセス君もそんなことは言っていなかった気がするしね。もしそうだとすればボクは引き返すよ」


 苦笑しながらシアンは進む。アトはその後を追いかけていった。


 どれだけ進んだのか、急に木々がまばらになり開けた空間に出る。天を覆う木々は密集し、微かな光をこぼしている。天井付近の苔か何かが光っているのか、それでも十分に明るい。神聖で静かな雰囲気が満ちていた。

 アセイドラ森林回廊のボス部屋はその空間に存在していた。精緻な壁画に囲まれたドームだ。ドームの一部が半壊した門となっており、瓦礫をどかすことにより内部に入れるようになっている。


「アト、これが壁画なんだね」


「シアン、これ、すごい……」


 アトの背の高さを越える石壁。その大きさを存分に使って壁画は描かれていた。細部まで正確というわけではなく、写実的に上手いわけでもない。だが、その精緻に書きこまれた森は、人々は、息遣いすら感じそうなほど“力”があった。


 壁画はドームをぐるっと一周して書かれている。時折血の赤や、くずれた地面などが描かれていることから、何かとの戦いを描いているのだと思うのだけれど、どうも肝心のモンスターが剥がれ落ちていた。


「壁画の中の彼らは一体何と戦っていたのだろうね」


「シアン……」


 陶酔した視線を彼女は壁画に向けていた。彼女は壁画がくずれないようにそっと指先で触れる。


「何年前の物かはわからないが、ずいぶん高級な画材だ。宝石の粉だね」


「ひえっ!?」


「魔力でも載っているのか? それがしっかりと定着して今でも美しく絵が残ることになる」


「じゃあ、描いた人は魔術師ってことかな?」


「いや、そうとしらず技能(スキル)を持っていたのかもしれないね」


 興味が出たアトもそっと触れてみようとする。もしかすると描かれた当時のことが視えるかもしれない。

 石壁の堅い感触が。


 ――――


 男が歩いている。ドームの周りをうろうろしているのか、私の目の前を何度も通り過ぎていた。

 エンキだ。

 どうやらこのドームにまで到達していたらしい。何かを、誰かを探しているのか、様々なところに目線を飛ばしながら、急ぎ足で歩いて行った。


 ――――


 ……。

 私達を、探してる?

 出会う前に帰ったほうがいいのかもしれない。


 ふっと意識を戻したアトはシアンに進言しようとしたが、すでにシアンは壁画をスケッチする体勢に入っていた。画板になりそうな平たい石を持ってくると、その上に紙を広げている。ペンを立ててバランスを見る様子は、それなりに描けそうに見えた。


 ここまで来たんだし、描いてからでも大丈夫だよね?


 エンキのことは気になるが、もしもの時は壱号を使って逃げる時間を稼いでもらおう。そう考えると気分が軽くなる。


「シアンって絵が描けたんだね」


「うん? ボクかい? どうかな。ゴーレムのデザインをする際にそれなりに描くからね」


 すっとペンが走り、アウトラインを描いていく。迷いなく描く様子は分かっている者の動きだ。

 描きながらシアンはアトに声を掛ける。


「アトも描いておくれよ。依頼主が何を求めているかわからないから、何枚か描いておかないといけないしね」


「あ、あんまり得意じゃないんだけど」


「それは誰だって同じさ」


 一瞬で写せる魔術道具とかあればいいのに。アトは思う。

 もしかしてあるのかもしれないけれど、今、ここにはないよね。


 しょうがないのでアトも紙とペンを持ってうろうろする。できるだけ描きやすいところがいい。

 ひとまず見て回り、モンスターがはがれているところが楽そうだと判断した。はがれているところは描かなくていいわけだからね。


 アトは壁画の正面に陣取った。手近にあった座りやすそうな石に手をかけ。


 ――――


 私の上に誰かが座っている。

 頭の上から脚がにょっきり垂れ下がっているのだ。足には革を割いてつくった巻き付け型のサンダル。

 ジャリジャリという音は何の音だろうか。

 足と足の隙間から見上げると壁画が視えた。まだ絵具が新しく、発色が綺麗だ。

 アトには視えた。消えてしまったモンスターの姿を。緑色の獣の姿を。


 ――――


「――――ッ!?」


 ばちんと弾かれるようにして、アトは引き戻された。

 この石、画家さんが使ってた椅子代わりか。


 アトは少し悩んだ。今見えたモンスターを描くべきか。冒険者にスケッチを描かせるくらいだ。目的は鑑賞ではなく、何かの研究じゃないだろうか。それだったらせっかく視えたのだ。サービスで描いておくくらいはいいよね。

 アトはペンを取ると、目の前の紙に勢いよく走らせはじめた。

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