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0話(プロローグ)「ぼうけんしゃに なろう」

「お名前と年齢は?」


「アトと言います。十八歳です」


「それでは、志望理由とアピールポイントをどうぞ」


 何よ、ソレ。


 私の思考は数瞬の間、停止した。

 ここは冒険者組合の一室。目の前の長机には三人の試験官が座っている。絶妙な距離を空けて、私は一人椅子に座らされていた。

 ひざの上の揃えた手が、スカートの生地をぎゅうっと掴む。


 志望する理由なんて、お金が欲しいからに決まってるでしょ!? 馬鹿なの? この人達!


 脳内の「私」が頭をかきむしって振り乱す。心の中で絶叫するものの、それをそのまま口に出していいものか分からない。

 しょうがなく曖昧な笑みを浮かべて黙っていた。


 アトは冒険者になりに来たのだ。腕っぷし一本でクエストをこなし、お金を稼ぎ、ランクを上げて、もっとお金を稼ぐ、冒険者に!


 それなのに目の前のこの状況だ。冒険者になるのって、面接試験があるものなの!?

 先に言っておいてよ……。


 落ち込んでいる暇はない。アトの目の間で、試験官の一人の眉がひそめられたからだ。黙っていては印象が悪いのかもしれない。何かを言わなければ。

 考えたが思いつかない。ウソを言ってもしょうがない。あとでバレる。ここは正直に行くしかない。


「ええと。冒険者になりたいのは、お金が欲しいからです」


 言った直後、右端に座る男がため息を吐く。いやぁな雰囲気を醸し出す。男は整えられたちょび髭を指でさすりながら、嫌そうに口を開いた。


「フン。金、金ねぇ。またこういった輩か」


 長机に両肘をつくと、あからさまに軽蔑した視線を私に投げてくる。その視線に思わず身を引きそうになったが、ぐっと耐えた。


「冒険者を舐めているのはないかね? 誰も彼もカウンターに来て申請さえすれば冒険者になれるものだと思っている。労働者じゃないのだ、時に都市の発展に有用な資源を見つけ、安全を確保し、都市の防壁となる! 君にできるのかね?」


 じろりと睨みつけてくる。


「そんなことより、田舎に帰って結婚でもしたほうがよいだろうに」


 お前にそんなことを言われたくはない。故郷には戻れない事情があるから、冒険者になろうと言うんだろうに!


「故郷に戻ることはできません。私一人で稼いで生きていかなければなりません。だから、冒険者にならせてください」


 まだ何かを言いつのろうとしたチョビ髭を、真ん中にすわる老婆が制した。優しい顔立ち、そこに浮かぶ表情を見ていると春の日差しを浴びたようにふんわりとした気分になってくる。

 チョビ髭のせいでささくれだった気持ちが少しだけ浮上した。


「アトさん、と言ったわね。ご両親は?」


「亡くなっています」


 ウソだ。ピンピンしている。今も元気に故郷の村で麦を育てているだろう。兄もいるので私がいなくなったところで全く問題はない。悲しむだろうが、私がいないほうが、あの村は健全に回っていく。


 うう、思い出してちょっと悲しくなってきた。


「アトさん、あなた、<技能(スキル)>はご存じ? 持っていて?」


技能スキルのことは知っていますが、持っているかは分かりません」


「そう……」


 <技能(スキル)>。


 それは世界を生んだ創造主によって与えられる特権だ。ときには法則を覆し、我儘わがままを通す。力の塊、世界の雫エッセンスなのだ。

 火炎や水流、暴風や雷撃を操る<魔術(エレメントクラフト)>。

 弓や剣に操作ボーナスを与える<(マスタリー)>。

 他にも暗闇でも視界を確保したり、視界に入れるだけで相手の動きを止めるなんてトンデモ技能(スキル)も存在するらしい。

 <技能(スキル)>は生まれつき持っていることもあるし、鍛錬の末に身に付くモノもある。モンスターを倒し、レベルが上がった時に覚えることもあるという。

 アトは脳内でえらそうに考えたが、全て知り合いの魔導師の受け売りだ。


「この中央都市(セントレア)内に、知り合いはいるかしら?」


「あ、はい。魔導士ヨサが叔父です」


 ごめんね叔父さん。この都市に来ていることは叔父さんにも秘密にしているが、名前を借りるくらいはいいだろう。


 ほう、と残る一人のおじいさんが息を吐いた。もう眉毛や髭が伸び放題で、顔がまったく見えない毛お化けと化しているおじいさん。先ほどから全く動いていなかったから心配していたが、ヨサの名前に反応して何事かを老婆に耳打ちする。


「アトさん。あなた何か特技はあるの?」


「ええと、薪を集めるのと、ちょっとした料理なら。あと、なんでもおいしく食べられます」


「冒険者ってモンスターを倒すのですけれど、あなたにできるかしら……?」


「畑に入ってきたイノシシ退治を手伝ったり、ウサギを狩ったりしたことがあります!」


 もうここまで来たら必死だ。ここで退けない。自分を必死に売り込むのよ!


 長机の三人は、書き込んだ書類を手に、何やら小声で話し始めた。

 ものすごく居心地が悪く、心臓が飛び跳ねる時間が続いたのち、優しく老婆が微笑んだ。


「アトさん、貴女を冒険者見習いとして登録いたしましょう」


「あ、ありがとうございます!!」


 思わず立ち上がって、深くお辞儀をする。

 やった! 冒険者になれた! ちょっと駄目かもと思ってたけど、できた!


「でも、見習いですからね?」


「はい!」


「ま、お前には無理だろうがな。せいぜい死なない程度にうろついて田舎に帰るがいい」


 べー、だ。

 チョビ髭。お前はキライだ。頭を下げたまま舌を出す。


「彼には困ったものです。期間内に規定のクエストをクリアしなければ冒険者にはなれませんからね。がんばりなさい」


 充分だ。チャンスがあること自体が嬉しい。

 もう一度アトは頭を下げた。


 うん。

 冒険者に、なろう。


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