始動
ゆっくりと、心音が身体を揺らしている。
温かい何かに包まている。
柔らかな何かに身を任せている。
この感覚を識っている。
眼を僅かに開く事が出来た。視界に映るのは、とても近い距離で優しく微笑む女性の顔と、少し眩しい光。
そして一瞬見えた、人形の様な手足と、覗かれた女性の顔が異様に大きく見えた事から、自分がとても小さな存在だという事に気づく。
まだ身体は思うように動かず、思考も覚束ないが、自分が赤児になったのだと、過去の体験から推察する。
幽かな思考の中で、上手く転生出来た事に安堵しつつ、今は何も出来ないのだからと、心臓の打つリズムに揺られるがまま思考が徐々に落ちていった。
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(おかしい…。)
意識がはっきりと周りを認識できるようになり、俺は改めて思考を巡らす。
この世界は何処なのだろう?
通常の転生とは、死んだ肉体から魂が抜け、その魂を転生システムが回収。
器となる肉体をシステムが選定し、憑依定着させることで新たな生を受ける。肉体は様々なパターンが培養プラントで、製造、保存されている為、転生後は、培養プラント内に設けられた保存カプセルで目覚めるのが通常の流れだ。
だがしかし、この状況を察するに、通常の転生ではなく、真っ当な手法で、人としての営みにより産み出された、本来の人としての肉体(培養クローン以外の肉体=天然物)に憑依したらしい。
そういったケースは魂が最も定着しやすい肉体が選ばれる傾向にある為、低い確率だが稀にある。
天然物は、産まれる前から政府にナンバリングされ管理される為、転生するとすぐに場所がわかる。
転生後は瞬時に効率よく活動出来るよう、学習プログラムが設けられており、受ければ肉体と精神が急成長し、すぐさま自立する事ができる為(プログラムを受ける受けないは別としても)、政府から地域担当者が迎えに来るのだが…。
俺を迎えに来る者は、いない。
周りにある物を見渡せば、そこにあるのは古代人類が使用していた家具に食器に、今は失われつつある本や、赤や白の花が瓶に入れられ飾られている。そんな物が狭い居住空間に所狭しと並べられては、ここが博物館と仮定しても、両親が普通に生活している為あり得ない事だ。
最初は言葉こそ記憶に無いもので理解できなかったが、赤児のスポンジの様な脳が言語をすぐに覚えてくれた。
母の名前がマルタ、父はレイ、自分の名前はレプリと名付けられた。
この通常考えられない状況に、
ふと、脳裏に1つの結論が浮かぶ。
ぞくりと、全身に寒気が走った。
(まさか、まさかね…)
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