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私の話

「あ、こっちです!」


 向こうの方であいつがピョンピョン跳ねながら手を振ってるのが見えた。道行く人がその様子を見ては、彼の視線の先にいる私と見比べているのを肌で感じる。


「恥ずかしいからそんなふうに私を呼ぶな」

「いいじゃないですかちょっとテンション上がっちゃうくらい」


 彼は口を尖らせて言う。喜んだり拗ねたり忙しいヤツだ。


「それはそうとして、なんだその格好。暑くないの?」


 私は彼にそう訊いた。今日の彼は白のタートルネックに紺色のカーディガンを羽織っている 。私が家を出た時には相当暑かったと思うのだが……。


「あれ、そういえばあの辺に行くのは初めてでしたっけ? あっちはこの時期そんなに暑くないんですよ」

 彼は得意げに言ってみせる。


 私は彼の得意げな顔をあまり見ずに、ふうんと適当に返事をした。何となくちょっと悔しかった。


 久しぶりに長い休みが取れたので、せっかくだから遠出をしようと思ったはいいが、今まで1人で旅行なんてした試しがない。行き先を考えるのは楽しくて、目星はいろいろつけたのだが、どうにもいきなり1人は心細い。そこで、後輩の彼に案内人を頼んだのだ。

 こうして何かとテンションの高いやつだが、不思議と鬱陶しい感じはしない。ひとり旅の練習相手としては適当かと思っての人選であった。


「上着まだ持ってるので、寒かったら言ってくださいね」

 彼は背中に背負ったリュックサックを見せつけて上機嫌に言う。


 一体何が入っているのか、大きなリュックサックはパンパンに膨れている。


「ほいほい、ありがとね」


 なんとなく一緒にウキウキしてみせるのは恥ずかしくて、敢えて素っ気なく返してみた。




 到着してみると、確かに少し肌寒かった。雪や雨が降ることはなさそうだが、乾燥した空気が凛と張り詰めるような寒さだ。私の家の周りに比べると、少し排気ガスの匂いが強いようであった。


 彼曰く、今日は大きな公園に向かうのだと言う。旅行ともなれば観光地や名所を回るのが一般的だと言われるかもしれないが、正直に言えば、なかなかいいセンスだと感じていた。私は植物が好きなのだ。


 小さくて可憐な花や、立派な木の幹を見ると、命の逞しさや力強さをしみじみと感じることが出来る。彼らは私たちと交わす言葉を持たないが、確かに生きている。この少し淀んだ空気を私たちと等しく共有し、呼吸をしているのだ。

 せっかく遠出をするなら、その場所の植物と出会いたいと思っていたのだ。彼のチョイスは、私の植物好きを知っていてのものだったのだろう。意外と気が利いている。


「にしても、先輩も変わってますよね……植物ってそんなに良いんですか?」

「当たり前だろう! あの瑞々しい力強さが分からないなんて……」


 私はやれやれと大げさにポーズをとって、ため息をついてみせた。


「いやだって、動物園行ったって檻の中の植物を見てるじゃないですか……」

「動物も好きだけどね。やっぱり植物だよ」


 彼は釈然としないようだったが、まあそういう人もいるかといったように頷いた。


 公園までの道すがら、道行く植物を観察すると、普段はなかなか出会えない植物たちとすれ違い、新鮮な気持ちになる。遠くに来たことを実感する。

 思わずゆっくり歩いてしまう私に歩を合わせていた彼は、おもむろにカバンから分厚い本を取り出した。


「それは、ススキという植物らしいです」

 どうやら植物の図鑑のようだ。


「ススキ、か……」


 私はそう呟いて、スラリと背の高い銀色の植物を見つめた。1本ずつは細くて頼りないように見えるが、いくらかの群れをなして生える姿は、どことなく堂々としたパワーを感じる。

 華やかさはないが、白い陽の光を浴びて白金の輝きを返す様は美しい。彼曰く、この辺りの人たちは、ススキを生薬として民間療法に使ったりもするらしい。


「この辺りも、あと数ヶ月したらまた別の植物が生えているんじゃないかと思いますよ」

「え、そうなのか?」

 つい、トキメキを隠しきれずに声が上擦る。


「先輩の住んでる辺りでは考えられませんもんね。こっちは数ヶ月ごとに気候が変わるんです。半年もして春になれば、色鮮やかな花たちが咲くんじゃないですかね」


 春という時期に咲くという花は、それはそれは綺麗らしい。控えめな花と上品な香りを併せ持つ梅の花が咲けば、その時期がやって来るという。それから次の夏という時期までの数ヶ月の間、連翹や桜、木瓜、辛夷、ハナミズキといった数え切れないほどの花たちが競うように咲き誇るらしい。


 私はその風景に思いを馳せた。一体どんなに綺麗だろう。何色なのだろう。このススキのようにシルバーに輝くのだろうか、それともビビッドな赤色なのだろうか?

 香りはどうだろう。甘い香りがするのだろうか、それとも爽やかな香りだろうか。

 私は色んな花の優美な香りのついた風の中に立ち尽くす想像をした。


 こうして考えていると、どうしてもその風景の中に存在したくなってたまらない。


「春になったら、また」

 私は無意識にそう口を動かしていた。


「え?」

 彼が頓狂な声で聞き返してくる。


「……何でもない」


 その間抜けな返事に、何となく最後まで言ってやるのも癪だなと思い直して、言葉を止める。

 彼は怪訝そうにこちらを見ていたが、やがてあっと何か思いついたように口角を上げて言った。


「ひょっとして先輩、ここ気に入っちゃいました?」

「さあね」


 少しは察したらどうだ。私はそっぽを向いて、つっけんどんに返してやった。何となく気恥ずかしくなって先を歩き始めると、置いてかないでくださいよう、などと軽口を叩きつつ追いかけてくる気配がする。


 全く、やっぱり気の利かないやつだ。

 私だけやきもきして、馬鹿みたいじゃない。


 公園に向かう私たちの背中を、スラリと背の高い白金のススキが静かに見送ってくれた。

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