創設者であり建国者
「この冒険者ギルドは、冒険者であり、この国の建国の王でもあるアーセナル・マリーベル様が創設したんですよね」
「ああ、そうだよ。よく知ってたな」
タロスが感心するのをよそに、ここからシエラは饒舌に語り始めた。
約五百年前、冒険者として世界中を旅をしていたアーセナル・マリーベルは、長い旅を終えると生まれ故郷であるこの地に帰ってきました。
この地は、これといった特色もない小さな町でした。しかし、当時は周辺に未開の地や遺跡などが立て続けに見つかっていた時期でもあり、多くの冒険者がこの町を起点とし活動していたそうです。
冒険者の活動で、町には人と共に物の流れもできるようになりました。すると、町に訪れる人は冒険者でけでなく、冒険者相手に商売をする商人などもやって来るようになりました。町には自然と人が増え、見る間に大きな町へとなっていきました。
だけど、人の増加は今まで静かだった町の生活に、禍や喧騒も生んでしまったみたいです。遺跡探索で上手くいかない腹いせで、町の人に暴行を行う冒険者。装備品の需要と供給が追いつかず値が高騰し、新調資金の調達の為に強盗をはたらく冒険者。時には商人を襲うなど、粗暴の荒さが目立つようになってきました。
すぐに町の様々な所から不満が出てくるようになりました。そこでアーセナル様は、冒険者を管理、補助するために冒険者ギルドを作ることにされました。町を訪れる冒険者にはギルドに登録させるよう促し、町の人には小さな仕事でも良いのでギルドを通して冒険者に依頼を出してほしいと頼んだそうです。
最初は自分たちが資金を出して仕事を与えることに否定的でしたが、物は試しと一人、二人とギルドを通して依頼し始めると、それまで頻繁に起こっていた町の人と冒険者の間にあったトラブルが減ってきたそうです。冒険者は遺跡探索で収穫がなくとも、この町のギルドに来ればある程度の資金が得られるので、気持ち的に余裕もできたのかもしれません。すぐにギルドに登録する冒険者が増えていったそうです。
すると他国からの考古学者なども、個人で護衛を頼むよりも安くすむギルドを利用するようになったり、冒険者相手に商売をしようとする商人たちもいっそう増え、町はさらに大きくなり、いつの間にか冒険者ギルドを中心とした一つの国になっていました。国はギルドの創設者であるアーセナル様の姓を取り〈マリーベル国〉と、名付けられました。
それから国の成長と共に大きくなっていったギルドは、国の管理下から離れ、独立した一つの組織として運営されるようになりました。アーセナル様の思想を反映していたギルドは、大陸内での人や物の流れを円滑にする目的で、他国にもギルド創設を働きかけていきました。当初、建国して間もない国の管轄にあった組織の言葉に、他国は難色を示していました。しかし、マリーベルの繁栄の事実を目にしてきた近隣国は、冒険者ギルドに何かしらの利点を見出だし、ギルド運営を受け入れたのでした。それから少しずつ国外にもギルドが創設されてゆき、今現在このプログレッソ大陸全土に広がる大きな組織となったのでした。
シエラは一通り語り終えると、一呼吸おいた。一方、男二人は驚きをながらも黙って、ただ静かに話を聞いているだけだった。
「シエラって、物知りなんだね」
「お嬢ちゃん、随分詳しいんだな」
ヴァンは純粋に知らなかった知識に感銘した様子で、タロスは自分が与えようとした知識をとうの本人がそれ以上の知識を持っていたことに、軽くショックを受けたようだった。
「はいっ! わたし、アーセナル様の書かれた本が大好きで、小さな頃から繰り返し読んでいたんです」
シエラは目を輝かせ、自分の世界に入り込んだように再び語り出した。
「アーセナル様の書は冒険譚から、政治に関するもの、子供の成長を書いたものやマリーベルの城内や城下での出来事などを書かれたものと、多岐にわたります。そのなかでもわたしが一番の好きなのは、若い頃の冒険譚です。一人旅から始まり、様々な土地での発見や出会い。裏切りに別れ。そして、水晶のように美しい鱗を持つ竜や、人の言葉を喋り人の姿で人間の世界で暮らす魔獣や精霊などの亜人種たちとの出会い。他にも未発見だった遺跡の探索や、そんな場所で得られる古い財宝や魔力を持つ武器や願いを叶える魔石など……。ドキドキしながら何度も何度も読んでいました」
シエラは荷物の詰まった鞄を開け、そこから一冊の本を取り出した。本は一目見ただけで分かるほどにボロボロで、薄汚れていた。だが高価な本なのか装丁はしっかりしとおり、こんな状態にも関わらずページなどが取れることもなく、本としてしっかり機能しているようだ。
「わたし、この本を読んでいるうちに自然と冒険者に興味が湧いてきて、ギルドってどんな所なんだろうって思うようになってきたんです」
楽しそうに語るシエラに、タロスは無言で一枚の紙を差し出した。突然、差し出された紙を受け取ったシエラは、不思議そうに紙面を眺めた。そして、書かれた文字を読み進めていくにつれ、シエラの表情は目に見えて変化していった。
「だったら、お嬢ちゃんも冒険者になってみるかい?」
「……わたしが、冒険者に?」
差し出された物は、ギルド登録書だった。
シエラは目を丸くし、紙に視線を落とす。しばらく眺めたあと再び顔を上げ、タロスとヴァンに向け迷いのある視線を送る。冒険者に関心はあるが、自分が冒険者になるという選択枠がなかったのだろう。シエラはどうしたら良いのか分からないようだ。
「あっ、それは良いかも!」
タロスの意見に賛同するように、ヴァンも言う。しかし、シエラはまだ一歩踏み出せないでいた。ヴァンはそんなシエラを焚き付けるように言葉を続ける。
「シエラなら大丈夫だと思うよ。魔法もだけど、体術もけっこう使えるみたいだから」
「ほぅ、お嬢ちゃん格闘やってんのか?」
「そうそう。さっきさ、西門側の酒場で面倒な客と一悶着あってね……」
ヴァンは酒場での出来事を揚々と話す。自分自身も戦っていたのでシエラのことは見てはいないのだが、野次馬たちの言葉などを思い出しながら、少々大袈裟に語ってみせた。
「ほぉ、そりゃすごいな。大男を伸しちまうなんてな」
「そうそう。それに《白魔法》も使えるんだ。俺の傷もあっという間に治してくれたよ」
「格闘ができて、回復もできるか」
タロスはシエラが大人しそうな見た目に反して、意外に武闘派な一面を持っていることに心底驚き感嘆しているようだった。その一方でヴァンの方は、あからさまにシエラのことを大袈裟に称賛していた。そんな異常な誉められ方に、シエラは恥ずかしくなり顔を赤らめた。
「だからさ、シエラも冒険者になってみようよ。興味があってもっと知りたいんだったら、まずは自分自身が冒険者になるのが手っ取り早いよ。そうして自分の目で冒険者の世界を見てみるんだ」
「冒険者の世界を、自分の目で……」
何かに気づかされたのか、シエラはもう一度ギルド登録書に目を通した。
そして、決断し顔を上げる。その表情からは迷いなど一切消えていた。
「わたし、冒険者になりますっ!」
「そうかい、冒険者になるか! じゃあ、その紙に必要事項を書いてくれ」
タロスは少し嬉しそうにペンを渡す。ペンを握るシエラの手は、微かに震えていた。この登録書に名を書くことが、冒険者になる第一歩だと思うと緊張せずにはいられなかったからだ。
シエラが名前を書いている間に、タロスは後ろの棚から何かを持ってきた。
「書けたかい?」
「あっ、はい」
登録書を受け取ったタロスはそれと引き換えに、シンプルな作りの銀の指輪を渡した。少し幅広で、石など飾りがない変わりに、文字のようなものが刻まれている。
「この指輪は?」
「この指輪がギルド登録者の証だ。この指輪を着けていれば、この大陸のどこのギルドからでも依頼を受け、報酬を受けとることができる」
「これが、証」
「お嬢ちゃんの指には、ちょっと不恰好かもしれないが必ず着けとくんだぞ」
シエラは早速、指輪をはめてみた。タロスの言うように、シエラの白く細い指には無骨で、彼女が身に付けるには不釣り合いだった。しかし、シエラはその指輪が、今まで手にした宝飾品のなかで最も輝いて映っていた。