おうちが涼しい
夏休み。夏休みといえば、海や山などレジャーで大忙しの人もいるだろう。しかし、絶賛引きこもり中の兄妹も存在するようだ。
「ね~、明仁ー。ちょっと寒くない?」
「そりゃあ李萌、そんだけ薄着してればさすがに寒いだろうよ」
高校三年生である兄の明仁と、中学三年生である妹の李萌という兄妹は、受験生ということもあり、遊びに出歩いたりはしないが、日々冷房の効いた居間に引きこもってダラダラと過ごしている。世の中高生の例にもれず、宿題はたんまり出されているが、計画性という言葉とは無縁の二人にとって、そんなものは記憶の片隅にしか存在していない。かといって、受験勉強に忙しいわけでもなく、普通にダラダラと過ごしているだけなのである。
「明仁はいいよね~。推薦だから勉強しなくていいし~」
「李萌だって、必死に勉強しなくちゃいけないほど難しいところは受けないだろう?」
「それでも勉強はしなきゃなんだよねー」
一応明記しておくと、明仁は推薦枠が余っているから手を挙げただけだし、李萌はたまたま近くの高校がちょうどいいレベルだったに過ぎない。二人とも適応力は高いほうなので、そんな動機でもたぶんどうにかやっていけるだろうと楽観視している。実にノー天気な兄妹である。
「あ、奈智が勉強するから家に来いだって。ちょっと行ってくるねー」
「おー、頑張れよー」
ちなみに、明仁は奈智という名前は初めて聞いた気がしたが、そのことは気にしないことにした。さも当たり前のように言われたので、もしかしたら、前にどっかで紹介されているかもしれないと思ったからであるが、李萌のほうも、紹介したかどうかはあやふやだったりする。
「奈智ー! 李萌だよー!」
「いらっしゃい。上がって上がって」
「李萌だー。やほー」
「都若ー。やほー」
この三人は、小学校一年生からずっと同じクラスの仲良し三人組である。奈智はちょっと遠い私立の進学校を目指していて、成績は学年二十位以内。都若は毎回赤点ギリギリで通っていて、県内で下から五番目くらいの学校を狙っている。ちなみに李萌が受験する予定の高校は、上位半分のうちの八割くらいのレベルである。ダラダラしている割には結構できるほうなのだ。
「で、その半分の八割って、結局何割なの?」
「は?」
奈智におかしなものを見るような視線で射抜かれて涙目になった都若に、しょうがないな~、と言いつつ図を描きながら説明を始める李萌。奈智はその様子を不思議そうに眺めている。
「えっと、いま半分こしたものを百個に分けて八十個とるじゃない? そしたら、百個中の八十個だよね?」
「うん」
なにを当たり前な。都若のそんな表情を確認してから次に進む。
「そしたら、半分こしたものをやっぱり返してもらったら、全部で二百個分になるでしょ?」
「う、うん……」
フリーハンドなのでちょっと比率がおかしいが、とりあえずそこまでは分かったので頷くことにした都若。
「そしたら、二百分の八十。約分して百分の四十。四十パーセント。四割ね」
「おおー、なるほど」
最終的にキラキラした目になって、李萌に尊敬のまなざしを向ける都若。
「普通にレーテンゴかけるレーテンハチしてレーテンヨンって計算したほうが速いと思うんだけど」
「確かにそうかもしれないけど、それだと都若一生かかっても意味不明なままじゃないかな?」
割とひどいことを言われているはずなのに、李萌の言葉に全力で頷く都若。奈智と李萌は、こりゃだめだとか思いつつ、ときどき都若の質問に答えながら、勉強の続きを頑張るのであった。
「ただいまー。おうち涼しいー」
夕方とはいえ今日も真夏日だ。涼むには冷房の効いた室内に限る。特に、暑い中を歩いて帰ってきた李萌にとっては、重大事項である。
「李萌おかえりー。手洗いうがいはー?」
「したー。ごはんはー」
「できてるー」
子供じゃないー、と文句を言いつつも、即行で済ませて食卓につくと、いつも通り隣り合って座る。いただきます! と声を合わせて、夕飯をほおばる李萌を見ていると、少し複雑な気がする明仁である。
「うーん、おいしい。明仁、なんだか急に腕挙げたね。好きな人でもできた?」
なんとも言えずに沈黙する明仁。あまりにもおいしそうに食べるので、買ってきたお惣菜を並べただけとは言いにくい。李萌が庶民的な舌で助かったということにしておくことにした明仁でる。
「ん~、黙ったということは図星か~? どんな人~? 私の方がかわいい?」
「はいはい、李萌の方がかわいいってことにしといてやるから、さっさと食べて片付ける!」
「近いうちにそのかわいい彼女と会わせてよねー」
いもしない彼女にどうやって会わせればいいのだろうか。この約束が実現するのはまだ遠そうである。